FC2ブログ

ランニング再開

  5月 9日。土曜日。

 7時くらいから久し振りに朝ランへ。

 世間の自粛モードに引っ張られるような感じで、持ちの張りがドンドンと萎んでしまって走る気になれず。あれだけ自粛、自粛の声が頻繁に飛び交うとさすがに気持ちも落ちてしまって、ゴールデンウィーク後半はインドアな生活を送っていたのですが、この辺りでランニングを再開しておかないと走れない身体になってしまうもので...。

 最後に走ったのが 5月 1日ですから1週間以上間隔が空いた事になります。

 コースは箕面周回特大コース+今宮 14.2km。

 久し振りなので多少は呼吸が乱れるけれどもまずまずの走りで、総平均ペースは5分52秒/km。

 ジワジワと暑くなってきているので、あと一ヶ月もするとランニングコースを池田や箕面の街中ではなくて、箕面の山の上に引っ張り上げないとアカン感じになってきました。標高300~500mくらいまで上げると気温も3度前後は下がりますし、木陰を走る部分も多くあって直射日光を受けないのが助かります。あと、山の風が吹き抜けるとさすがに爽やか...。ただ、アップダウンがきつくなるので、それまでに体重を絞って、足の筋トレにも取り組んでおかないとランニングを楽しめないのが玉に瑕。

 自宅に戻って、そのまま入念にストレッチ。さらに朝風呂。



 このまま家の庭に出て、風に吹かれながら「ケン」と遊んで過ごす午前ってのも魅力的なんですが、今日は出勤して仕事と仕事絡みの勉強をすると決めていたので1時間ほど遅めの出勤をしました。遅刻をしようが、えらい超過勤務になろうが、休日出勤をしようが、個人事業主ですからお咎め無し。

 雇われていると労働基準法に準拠してきっちりと勤務時間を管理する必要に迫られますが、勝手気ままに60年間を生きてきた私にとっては、人様にあれこれと自分の生活を管理される事ほど嫌なものはありません。

 多少しんどかろうが、重い責任がグッと肩に食い込もうが、あくまで自己責任で好き勝手にやらせてもらっていて頂戴良しという感じです。

 今の世の中はサラリーマンという立場で生きておられる方の割合が圧倒的に高くって、私の様な生き様は少数派。やっぱり世の中はいろいろ。ひとつの鋳型で収まらないから人間って面白いんですよね。

 なんだか、話が脱線しましたが。



 結局19時前まで事務所で仕事。なんだかはかどったような、単にダラダラと過ごしたような...。

 所長の仕事は作業というより、あれこれと問題点を探って、解決策を考えて決定し、指示監督をするって事なんで、あの作業を片付けたらお終いとか、あの依頼は3時間ぐらいで上がるなあなんて工数を見積もるなんて事がやりにくい部分が多いのは確かなところ。

 問題点を見つけて、あれこれと考え事をしていたりすると意外に時間が経っていたり...。

 スタッフにあれこれと指示したり、上手く行かない事案を一緒になって話し合っていると、こちら主導というよりスタッフがポイントを理解できるかどうかというところが大切になるのでこちらベースの時間読みが通用しないところがあって工数の読みも難しかったり。

 まあ、暗記をしたらツルツルと解けるような問題を解いているのではなくて、毎度応用問題を解いているようなもんだから面白いのですがね。



 帰宅後、「ケン」を散歩に連れて行き、そのまま簡単な筋トレ。情けないほど軽い負荷しかかけていないのにフーフー言ってる自分が情けないのですが、ジジイになるとそういう現実をちゃんと受け入れて頑張らないとアカンのも辛いところです。

一週間振りに長距離ランニング

  5月 1日。金曜日。

 今週はさっぱり走れなかったので、休みを取って長距離ランに出ました。と言っても世間は緊急事態宣言下で「不要不急の外出は控えて下さい。」という事なんで人混みになる所や他府県まで足を延ばして走りに行くのは御法度です。

 道中、人と接する事なくランニングが続けれる事がコース選びの第一条件。

 って事で、今日は旧西国街道を東に向かって走り続け、高槻辺りで折り返して戻ってくるコースを選択しました。これだとほぼほぼ人気が無い道を走り続ける事になり(生活者が家を出入りしたはりますが。)、コンビニで飲み物やちょっとした食べ物を買う時だけ御用心という感じになります。



 ただ単に高槻辺りで折り返して戻ってくるのも芸が無いので、これまで幾度となく旧西国街道を走り続けて京都や大津、瀬田に向かってきた道すがらで、気になっていたけど先が長いので立ち寄れなかった継体天皇陵をじっくり観てから折り返す事にしました。

 現在、継体天皇陵として治定されているのは茨木市太田にある三嶋藍野陵。天皇陵ですから宮内庁管理になっていますが、江戸時代にざっくりと日本中の天皇陵を治定した事から、築造年代と継体天皇の没年に合わず、史書の記述とも食い違うために、学会の意見では三嶋藍野陵より2~3km東にある今城塚古墳が本当の継体天皇陵だと言われています。

 継体天皇は大和で歴代続いた天皇の直系が途絶えそうになり、大和朝廷の権威も低下した混乱期に、福井から迎えられた遠縁の天皇です。
 
 天皇即位後19年間は、樟葉宮(大阪府枚方市)、筒城宮(京都府京田辺市さらに弟国宮(京都府長岡京市)を転々としてから大和に入ったとされています。やはり大和の国が混乱していて、大和の豪族達のパワーバランスを上手くコントロールして統治する事が難しかった事も原因でしょうし、それぞれの宮で鉄器生産など当時の最先端技術を展開して地力を蓄えていたという説も囁かれています。

 そもそも歴史の舞台に登場してきた経緯も異色ですし、在任中に大陸の影響を強く受けた磐井の乱を鎮圧して国力の回復に努めた実績も抜群。後に天智天皇、天武天皇或いは持統天皇の頃に律令国家としての結束を強めていくに至る礎を築いたと言われていて、いろいろと興味の湧く天皇でもあります。

 まさに波乱万丈の生涯ってやつです。

 実際にこの二つの陵を見てみると、太田藍野陵は日本で21番名大きい大規模古墳。宮内庁管理という事もあって四方を柵に囲まれており、ちょっと距離感を感じます。

 一方、今城塚古墳(こちらは日本で41番目に大きいらしいです。この二つの古墳にそこまでの規模差は感じません。)は内堀も外堀も芝が敷き詰められており、墳丘も自由に登り降り自由。コロナウィルス騒動で行き場を失った家族連れがいっぱい遊んでいて明るい雰囲気。内堀と外堀の間の周堤の一部に継体天皇の葬儀を模して埴輪が並べられていた部分を再現してあり、見所は充分です。

 近所にある継体天皇の資料館が見学できればパーフェクトでしたが、コロナウィルスの影響で休館になっていたのが残念でした。まあ、時節柄ですから仕方がありません。また、次の機会の楽しみとします。



 今回はこの2つをじっくりと見学してから、再び同じコースを走って戻ってきたのですが、なにせ暑い。真夏日目前の気温にやられてバタバテ。

 総距離は31km。総平均ペースは7分11秒/kmですから、もう走るというよりはデブのオッサンがヨタヨタと早歩きしているような何とも言えない恰好になりました。トレーニングとしては質の高いものにはならず、とにかく走ったぞという程度のものですが、まあ走らないよりはマシ。



 帰宅後、そのままお風呂。これが一番の楽しみです。

 そのままテレビを付けて「相棒シリーズ」の再放送を...。

 何故だか分かりませんが、水谷豊が出ていると画面に観入ってしまいます。この「相棒シリーズ」もそうですが、「浅見光彦シリーズ」なんかも。

 そう言えば碌にテレビを観てこなかったのに、なぜか高校の時に熱中時代だけは観ていたような...。

 ここ一年くらいですが、週に一度くらいはテレビを見るようになりました。元々テレビなんてのは受け身でボーッと画面を眺めているだけってのが気に入らなくて全く観なかったのですが、かつてのドラマシリースのリバイバルものをチョクチョク観るようになりました。

 他には福山雅治の「ガリレオシリーズ」、沢口康子の「科捜研の女シリーズ」や田村正和の「古畑任三郎シリーズ」なんかも...。

 わざわざ番組を探し求めてまでして観る事はないのですが、たまたまテレビを付けてやっていたらそこでチャンネルを固定してジッと観る感じ。

 まあ、定番番組の安定感が心地良いというのか...。

 昔はそんなお決まりパターンが、番組を観ている尻から次の台詞や展開が読めてしまう(ばかりか、自分やったらこうした方が良いと思う...。)ので嫌だったのですが、

 最近はそんな超定番が逆に観ていて楽。まあ、これも歳を取ったからこそ起こってきた変化なんでしょうかね。 

週末はダラダラ長距離ラン 2連発

 この週末は二日続きでダラダラ長距離ラン。最近、結構ランニングの距離が伸びてきているので、疲れが溜まり出して調子は最悪ですが、家でゴロゴロしているよりはマシってところです。



  4月25日(土)は自宅から旧巡礼街道を通って清荒神まで往復ラン。

 身体が重く、調子は最悪。気分も一向に乗ってきません。とにかくゆっくりペースで走っていてもしんどい。

 距離は19km。総平均ペースは6分27秒/km。

 とにかくちゃんと走ったよと自分に言い訳できたというのが成果と言えば成果かなあ。なんで自分に言い訳せんとアカンのか謎ですが。



  4月26日(日)は気分を変えて、猪名川の河川敷をひたすら南進。園田競馬場のところからは激しい蛇行を繰り返していた旧猪名川河川敷(現在は公園になってます。)をほぼほぼ忠実にトレース。洪水警報防止の意味合いで現在はストレートに川道を付け替えられていますが、本来的には川というものはありのままに放っておくと蛇行を繰り返し、辺り一面に氾濫原が広がって...。周辺は泥質地で利用価値のない土地が広がっているのが原風景です。

 猪名川の伊丹空港から南側はそういった治水事業の成果で広大な農地(現在は商工業地或いは住宅地)を獲得できたモデルとして面白いところです。

 また、大阪市の北西部から尼崎にかけての埋め立ての歴史。

 今は当たり前のようにビルや家屋が立ち並んで、何の変哲もない街になっていますが、先人達の努力で泥質地帯が先進商工業都市に変化していく様子ってドラマチックだと思います。

 北摂や阪神地区の小学校や中学校の社会の授業で通り一遍の面白くない教科書だけを教えるのではなくて、地元にこんなに面白いモデルがあるんだから、こういった旧河川の痕跡を地図上で指し示したり、治水事業の歴史を調べたりすると、もっと地理や歴史或いは地学に興味が湧く子供が増えると思うけどなあ...。

 もっとも、こういった地理や歴史を教えようとすると先生にもそれなりの素養が求められますが。

 まあ、現場の先生もいろいろとたいへんなんでしょうが、20年も務めていると同じテーマを10回転以上教えている訳ですから、ちょっとは工夫したら良いのになあと思います。無責任にこんな事を言うと、「素人が勝手な事を言うな。」と怒られるかもしれませんが、学習指導要領通りの授業ってそんなに面白いものでもないものね。



 そんな話は置いておいて、私の辛いランニングに話題を引き戻します。

 ここのところの蓄積疲労の上に、猪名川河川敷では強めの逆風にさらされドヨーンとした気持ちで淡々とランニング。

 コロナウィルスの関係だと思いますが、園田競馬場も人っ子一人いてなかったので、ちょっと寂しい気持ちになりました。

 モスリン橋(何となく印象的な響きを持つ名前ですよね。モスリンとは木綿や羊毛などの梳毛糸を平織りにした薄地の織物の総称だそうです。毛斯倫紡織㈱が大正12年に戸の内に新工場を建設した折に、従業員の通勤や地元の人の生活道路として橋を建設して、村に寄付したらしいです。)を越えて、加島の香具波志神社でお参り。

 そのまま阪急十三駅を経由して、今度は旧能勢街道を北上して服部天神でゴール。

 総距離は22km。総平均ペースは6分59秒/km。昨日に引き続き気持ちの盛り上がらない、まさに義務感で走ってますって感じの辛いランニングになりました。

 服部天神で激しい空腹に襲われたので、お好み焼き屋さんに飛び込んでお好み焼きをあてに生ビール2杯をグイッと空けたのが本日のハイライト。

 午前中は走るのが嫌で、自宅でウダウダ(もうこの辺で絶不調振りが分かると思いますが。)。あおりでランニングのスタートがお昼だったので、帰宅は17時頃。生ビールを引っ掛けてご機嫌で帰宅して、そのままゆっくりとお風呂。辛い事を終わらせた解放感も手伝って、ちょっと嬉しい時間になりました。

 まあ、二日で40kmくらいは走ったので、駄目なりに頑張ったという事で良いのとちゃうかなあ。

無理矢理の朝ラン

  4月23日。木曜日。

 朝起きると結構しんどい。ドヨーンとした感じで、どうしても走りたくないと叫ぶ私がいました。

 走るべきか走らざるべきかという葛藤は毎朝の事ですが、今朝のは葛藤は強烈でした。まあ、世間的に言えば還暦のジジイが悩むような悩み事でもないような気もするけれども...。

 だいたいトレーニングをしていて、今日は調子が最悪だから止めたいなんていう悩みと戦うのは当たり前。いちいちそんな話を、マイペースなんていう言葉でさもありなんと聞いていたら、身体のレベルなんて上がるはずもありません。トレーニングってのはそもそも身体を虐めるってのに近い意味がありますからね。ただ、その虐めにちゃんと理論的根拠があるのかどうかの差は大きいのでしょうが。

 前置きが長くなりましたが、無理矢理に朝ラン。ペースも気にせず、距離も短くして、思いっ切りハードルを下げましたが、とにかく走らなよりはマシだろうという事です。

 コースは久し振りの箕面周回コース 6.4km。

 元々はこれが超定番コースでしたが、数年位前から箕面周回大コース 8.6kmに定番の位置を譲っていて、お蔵入り状態になっていました。池田と箕面を結ぶ中央線沿いを走るので、桜が満開の時期や新緑や紅葉のタイミングは気分良く走れるコースです。

 ペースを思いっ切り落としてノタノタと走るのですが、それでも何だかしんどい感じ。身体中で走るのを拒んでいる感じです。ここ1週間は結構な距離(1週間で92km)を走っているので、仕事と両立していくには無理があると身体の方から訴えているのだと思います。

 結局、総平均ペースは6分26秒/km。義務的に走っただけで楽しさはほとんど無し。こんなんで良いのだろかと思いますが、走らないよりはマシかなあ...。

 帰宅後、入念にストレッチ。さらに朝風呂。不完全ながらも朝のルーティン完了。



 朝一から事務所の幹部会議。

 主な議題はコロナウィルス対応策。

 この1~2ヶ月は資金調達が最大テーマ。急激に売上が減り出したお客さんに当面の生存資金を確保するという事です。今のところ25件くらいの資金調達を間接的、或いは直接的にご支援させてもらいました。

 今後は、コロナウィルスの影響がどれくらい大きくなり、どれくらい続くのかという予想は難しいですが、当面の資金の心配は解消できたとしても所詮は借入ですからいつかは返済を迫られることになるので、会社の収益構造の見直しが重要テーマになってきます。これが難しい。

 現在の事業をより深堀していくのか、広めていくのか、或いは他の事業に手を広げたり、合併や事業譲渡を検討したり...。

 決まった答えはありませんが、どの会社にもその会社にとって一番良い経営戦略というのがあるはずですから、それをお客さんと相談しながら掘り起こしていく事が大事です。まず、社長が方向性を指し示し、それが実用化に耐えれるような形に仕上げて事業展開する事なんですが、口で言うほど易しいものではありません。



 午後一からは新たにお客さんになって頂けるお医者さんを担当予定のスタッフと訪問して、契約書を締結。これからパソコンを使って奥さんに経理事務をお願いするので、まずパソコンの発注と使用する会計ソフトの説明。一連の初期指導はゴールデンウィーク明けから実施させて頂く旨の説明などを済ませてきました。

 こんな世情が落ち着かない時に、わざわざうちの事務所に仕事を頼んで頂けるお客さんが出てくるのはありがたい事だと思います。

 いろいろと事前に頂いていた決算申告書やヒアリングした内容を見てみると問題点もあるようですが、今のところは幸せいっぱいというところ。



 今日は17時半頃に帰宅。ほぼほぼ終業時間に、まだ仕事をしているスタッフもいるのに事務所を後にするというシチュエーションに感覚がついて行きません。罪悪感がモワモワっと...。

 ただ、事務所として時短を進めているので、上から率先して帰れる時は帰るという事を徹底しないと、スタッフにも広がりませんよね。

  時代は働き方改革という旗印の下で動いているので、そっちの志向で事務所の業務体制を作っていかねば若い世代のスタッフの幸福感に繋がらないですからね。

何とか朝ラン 昼からTKC近畿大阪会の理事会

  4月22日。水曜日。

 今朝も早起きをして、何とか朝ランを頑張りました。

 コースは昨日に引き続いて箕面周回特大コース+今宮 14.2km。

 出だしで身体が思うように動かないのは毎度の事。最初の1kmで何度となく心が折れて、走るのを止めてしまいそうになるのだけれども、そこを凌ぐと後は一定のペースに乗ってザーッとランニングを続けられるイメージです。やっぱり何事もやり始めのペースを掴むまでが大変ですよね。

 今日も1km地点を過ぎてから5分30~40秒/km(私にとってはそれなりのハイペース)で押していく感じになりました。昨日より10秒/kmちょっとくらい早い感じです。徐々に走れる感じになってきていますが、体重が一向に減らない(それだけ食べているって事やね。)ので、もうあと10秒/kmほどペースを上げるといっぱいいっぱいになるのじゃないかなあ。

 総平均ペースは5分46秒/kmですから、今の私には上出来。

 帰宅後はしっかりとストレッチ。さらに朝風呂と朝食。いつものパターンです。



 昼からTKC近畿大阪会の理事会。

 コロナウィルスに感染するリスクを考えて支部長や委員長はWebで参加です。結局、会場には会長、副会長、専務理事、総務委員長と研修所長の8名だけで、総勢は30名前後の会議です。

 こういったWeb会議という形式は始めて。コロナウィルス騒動あっての試みですが、こういった新しい取り組みというのが今回の騒動で一気に進んでいくのでしょうね。

 一部、システムを使いこなせず、もしくは通信の不具合などで分かりにくい局面もありましたが、使いこなしに習熟するとこれはこれで充分に実用に耐えるものだという感想です。

 緊急事態宣言下で、地域会運営もかなりのイレギュラーに迫られており、会議の議題は盛り沢山。3時間という会議時間では足りないのですが、できる範囲で精一杯取り廻していくしか仕方ありません。たいへんと言えばたいへんですが、文句も言わずに一生懸命に会議に参加してくれるTKC近畿大阪会の理事メンバーには感謝です。
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
電力使用状況&電気予報
名言

地球の名言 -名言集-

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR