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黄綬褒章の受章記念パーティー

 今日は監査法人勤務時代の先輩である八木さんが先の叙勲で黄綬褒章を受けられたので、ホテル クラウンパレス 神戸で受章記念パーティーがありました。



 と言っても、朝起きると私の住んでいる五月山の麓は大雪。3cmほど雪が積もり、バスは運休。途中に急な下り坂が何箇所かあるのですが、道が完全に凍てついており道行く人がかなり難渋する状況になっていました。私は受章記念パーティー故にちゃんとした正装で雪道を下っていたのですが、靴底がツルンツルンのビジネスシューズなのでちょっと難儀な事でした。

 スキーで飯を食っていたので、道行く人が腰を引いてヨタヨタと坂を下る(何人か転倒していました。)のを横目に、逆に靴をわざと滑らせて降りたのですが、靴にはスキー板の様にエッジがついておらず制動がかからないのが怖いところ。止まれない。方向が上手くコントロールできない...。

 まあ、こんな急坂を走る車もほとんど無いのが救いでしたが。



 今回、受章されたのは、私が3年間の無職、嫁さんのヒモになって受験勉強した時代にひと段落を付けて公認会計士試験に合格して勤務した監査法人勤務の時の先輩なんですが、その節は本当にいろいろとお世話になりました。

 試験に合格して、一転して薔薇色の生活が始まる筈が、私にとっては全く感覚的に合わない苦しいサラリーマン時代を過ごす事になった(今から思えば、自分の視野の狭さ、身勝手さ、能力の低さが主たる原因だったように思いますが。)のですが、勤務の最後2年ほどは身も心も完全に腐ってしまったようなそんな駄目駄目時代にいつも気にかけて下さって、毎晩飲み屋に誘ってあれやこれやと話を聴いて頂いた恩人(ご本人も酒好きだという事もあったのですが。)です。

 ご本人はオランダで勤務されて日本に戻って来られた所だったのですが、2年ほど一緒のセクションで働いた後に、再びイギリスのバーミンガムへ再度の海外転勤で出て行かれたのですが、私も先輩がイギリスに出て行かれてすぐのタイミングで今の個人事務所を独立開業をしたのですが、もう心身共に腐ってズブズブになっていた不安定な時期に、優しく受け入れて頂いたお蔭で心機一転零からの開業に気持ちを切り替える切っ掛けを頂けたのではないかと思っています。

 「人生に無駄なもの無し。」と言いますが、私自身はあの腐ってどうしようもない時代があったから、その悔しさの反動で開業してからの頑張りが利いたのではないかと密かに思っています。だって自分が本当にどうしようもなく腐っていく過程を観察している辛さったらありませんから。

 それにしても、そんなたいへんな時に反転する切っ掛けのひとつを作ってもらえたというのは、自分としても本当にありがたい事だと思っています。



 会場には私の監査法人入所同期で今やあずさ監査法人の代表社員になっているK君や、当時ペイペイでいた自分が仰ぎ見る様な感じで見ていた諸先輩方が出席されていました。また兵庫県の公認会計士協会の会長を始めとした要職を務められた関係で地元の公認会計士の方々も多数出席されて、本当に和やかに上品な受賞記念パーティーが進められました。

 また、独立後に縁あって一緒に仕事をさせて頂いた方が最近亡くなられた事なんかもお聞きして、ちょっとビックリしたりして...。

 思い起こすと20数年前の縁を起点とした人々と顔を会わしているパーティーですから、お互いに当時の状況と大きく変わっており、歳月が流れた重みを感じる瞬間でもありました。

 パーティーが終わり、「また一度どこかで二人で飲みに行きましょうね。」という約束をさせて貰って神戸から戻ってきたのですが、何だかはるか昔の瞬間にタイムスリップしたような、不思議な感覚が残りました。



 ここ半月ほど、予定があれこれと詰まっている中で無理して宮古島のワイドーマラソン100K(途中リタイアですが。)に出たりして、心身ともに消耗が激しく、疲労感がたんまり。熱が出るまではいかないのですが、ゆっくり休んで疲れを溜めないのが大事という事で、神戸から事務所に戻って2時間ほどあれこれと片付けをした後に、早々と帰宅。

 朝一であれだけ積もっていた雪も日陰以外は溶けていました。

 自宅では嫁さんの母が大分から出てきており、次女も交えて4名で鍋。夫婦二人で過ごす事の多い我が家ですが、今晩は賑やか。やっぱりお鍋は沢山の人間で囲むのが美味しいなあ。



 


 
 

アメリカンフットボール部の同期と飲み会

 宮古島ワイドーマラソン100K惨敗の翌日、やっぱり仕事。

 経営改善計画策定支援事業のお客さんに同行して、メインバンクでモニタリング。金融機関に対して思うところは色々とあるけれども、ここでは込み入った内容になりすぎて書けない。まあ、「大人なんだから、もうちょっとしっかりして頂戴よ。」って話を書くのが精一杯か...。

 夕方に、最近紹介してもらったお客さんが息子さん二人を連れてこられて、長期的視点で不動産管理会社を設立して相続対策を行っていく旨の依頼を頂く。なにわともあれ新規のお客さんが増えることは喜ばしい事。一生懸命に使命をまっとうしようと決意。



 19時半頃から、池田高校のアメリカンフットボール部の同期6名と飲み会。チームメイトの約半分。同じクラブの後輩の店で気楽に。

 お互いの器も分かっているので、素のままの会話が楽しい。お互いに悲惨な目に会って涙したり、無様で救いようのない場面を見られているので、良い格好に何の意味も無し。

 だいたい体育会系で、しんどい練習を黙々とこなしてきた者ばっかりなので、基本的に口が重い。ボソボソと喋る感じになるが、饒舌でない会話が自分にも合っていて楽しい。

 もう学校を卒業して40年近くなるが、いまだに会うと当時の以心伝心の感覚で喋れているのは驚きだ。お互いに、高校の3年間はあまりに強烈な思い出なので、あまり言葉がいらない感じ。時折、昔の記憶が強烈に蘇ってきて、ジーンと来る事も...。そろそろ定年が見えてくる年恰好になってきたので、仕事に追いまくられた年代も過ぎて自分の時間が作れるようになってきたのに比例して、こうした時間を持てるようになってきたのは嬉しい事だ。

 ボソボソと喋っていて、フッと気が付くと終電間際の時間帯になっていてビックリ。やっぱり楽しい時の時間の経ち方はとんでもなく速いものだ。ついつい普段より飲み過ぎて、フラフラになって自宅に帰る。

 
 

 

昔の友人と

 9月29日。金曜日。

 午前中は事務所内でスタッフからの日報の承認と個別案件の相談。あれこれと案件が錯綜し、結構忙しい。

 午後からは某上場企業の社外監査役として取締役会出席。



 夜は、池田高校のアメリカンフットボール部の同期が珍しく6名も集まって、飲み会。場所は梅田食堂街にある、後輩がやっている居酒屋で。アメリカンフットボール関係者が多く来店する店で、行けば必ず〇○高校OBの××とか、△△大学OBの〇○、或いは社会人チームの××という具合に、友達の友達繋がりの人達が顔を出しています。

 私は、この店は高校のアメリカンフットボール繋がりの時しか利用しない事にしています。だって同業者とか、お客さんと店に入ると、店の雰囲気を壊しそうな気がして...。



 いつもは数名で集まってワイワイと話す事が多いのですが、かつてのチームメイトの半分が集まったので賑やかでした(世に言われるような体育会系という賑やかさはありません。基本的に寡黙な人間の方が多い気がします。)。

 40~50名の仮入部者が、一年生の夏の合宿が終わった時には10数名に激減。その後も大怪我で留年をしたり、あまりに厳しい練習で精神のバランスを崩して退部したり...(今だと大問題ですよね。)で、最後の最後は13名まで減ったのですが、それだけに残った者同士の連帯感は分厚いものが有ります。

 私自身も身体が小さくてアップアップの状態で練習(本当にコーチが怖くて、恐怖に縮み上がっていました。)を続け、進学校の端くれに入学してどこかの国公立の大学へ進学しようと思いながらもきつくて勉強どころではなく成績も急降下(学年最下位がすぐそこの所まで来ていました(笑)。)。当時はきびしくって、惨めで、常に体のどこかを痛めていて...。もう、何が楽しくってこんなクラブを続けているのだと思う事も多く、精神的にもかなり追い詰められた状態の3年間でした。

 一緒に苦労を乗り越えた仲間ですが、当時はみんなもっと尖っていたのでしょうが、57歳という歳のせいか知りませんが随分と穏やかになったような気がしました。基本的にあんなしんどい練習を3年もやり続けれる人間ってのはストイックで、表面上はいざ知らず真面目な人間ばかりです。今でもみんなコツコツと仕事をしているようで、ずっとババ抜きのババのカードをひるまず引き続けているのだなあと思えるような近況報告が多い感じがしました。

 中には30年振りという出会いのメンバーも居たのですが、そんな時間の壁など顔を会わすと一瞬に超えてしまうのがチームメイトの良いところ。なんだか一緒に喋っているだけで、嬉しくって胸にこみ上げてくるものが有ります。 

 不思議と今思うと楽しい思い出ばかりが浮かぶのですが、当時はその日を生きるのが必死で、何の余裕も無い状態だったなあと思います。我々の世代はようやく勤め上げた会社で卒業時期が目の前に迫り、今まで身を粉にして必死で働いていた緊張感から解放される予感がチラホラと出てくる年頃になりました。

 これから何をするのか? まだよく分からないけれどもそんな事を気にし始めている友人も多く、人生のステージの切り替え期が迫ってきているなあという感じを強く受けました。

 2次会などは無く、23時前には帰宅。やっぱり、こんなさっぱりした飲み会が良いよなあと思います。 

BBQ

 5月6日。いよいよゴールデンウィークも残すところ2日となりました。

 嫁さん共々、いつものラン友と昼過ぎから自宅でBBQ。

 元々、近所の猪名川河川敷でやるつもりだったのですが、ゴールデンウィーク中で今日だけずっと午後から雨予想が動かず。BBQの最中に雨に降られるのも最悪なので、我が家にお招きして、ダイニングでホットプレートを出して来てBBQもどきになりました。

 Kさんが知り合いの猟師さんから猪の肉を貰っていたので、これを食べるのが主目的。まさにジビエ料理です。

 他にも山盛りの牛肉に始まり...(書き切れません。思い出せません。呆けたかもしれません。)の食べ放題。飲み物もビールやワインの飲み放題。

 私は夕方くらいから飲み過ぎ、食べ過ぎで苦しいくらいになり、横で昼寝をしていました。まさに極楽です。

 途中から案の定、雨が降り出し(小雨でしたが。)、寒冷前線が通過した影響なのか気温が一気に下がり窓を開けっ放しにした室内でさへ肌寒い感じになりました。まあ、最初からアウトドアを諦めて室内BBQにしたのが正解だったようです。

 ワイワイと騒ぎながらする話と言えば、お互いの近況と最近出たランニングの大会、さらにこれから出る予定の大会について...。一見、あまりいろいろと喋る内容が無さそうなテーマですが、実は喋り出すとあれやこれやとキリが無いくらいに話題が湧き上がってきます。どうしてこれだけ喋るネタが尽きないのか不思議です。

 19時前にお開きになりましたが、私はそのままの勢いでベッドに入ってそのまま。さすがに夜中の2時頃に一度目が覚めましたが、熟睡でした。

アメリカンフットボールの試合に出場してきました

 5月3日は年に一度、アメリカンフットボールの試合に出場する日。

 かつてアメリカンフットボールをしていたOB達が大阪代表と兵庫代表に分かれて闘うアンカーボウルです。神戸にある王子公園スタジアムの人工芝のフィールドで開催されますが、今年も大盛況でした。

 今年は一試合を1Qから4Qまで分けて、第1Qは50歳以上の部、第2Qは40歳以上の部そして第3、4Qは年齢無制限ですから20歳代からフリーで誰でも出場できる部という構成になっていました。上は70歳代から下は20歳代までが同じ試合に出場して、それなりに本気で闘うアメリカンフットボールの試合というのは、世界広しといえどもアンカーボウルくらいのもの。

 私は第1Qの50歳以上の部ではオフェンスラインとしてセンターとタックルのポジションでフル出場し、おまけで第4Qの年齢無制限の部(関学の5年生が5名も出ていましたのでそれなりに緊張します。彼らはある意味、凶器ですものね。)でもオフェンスラインのセンターで1シリーズだけ出場しました。

 60歳の声が近くなっているにも拘らずフルパワーで戦う(冷静に考えると阿保ですよね。)というのは老身には過酷な事ですが、体の芯の部分で喜びを感じます。

 今年はオール兵庫に出場してきたラインのメンバーの質が高いバランスで揃っており、当っていても本当に強いなあという感じがアリアリと感じられて、充実感を感じれる楽しいものでした(遊びでもやっぱり強い者と闘わないと面白くありません。)。多分、自分で思っている以上に動きが落ちているのだろうけれども、気持ちだけは昔と一緒。自分の身体スペックをフルパワーで絞り出す(日常生活でそんな局面はほぼほぼありません。)快感は何事にも変え難いものが有ります。

 試合は試合終了1分少々前でオール大阪のオフェンスチームでまさかのファンブルがあり、そこからオール兵庫がラストの逆転の超ロングパスを通すという絵に描いたような逆転劇で幕を閉じたのですが、本当に楽しい一日になりました。

 鎖骨を折ったり、何人かが肉離れを起したりしていましたが、そういった怪我の取り扱いは慣れたもの。本人さんも心得たものです。まあ、怪我とは切っても切り離せないスポーツですから、大声を上げて騒ぐものでもありません。それ以上の大怪我は無く、比較的平穏な試合だった(主催者側の方々が一番心配されている部分です。)のが何よりです。私も今年も怪我無しで楽しめたのでありがたい限り。

 一夜明けて、首回りのダメージに多少苦しんでいますが...(年々、首回りのダメージは酷くなるようです。首の筋肉が弱っているのでしょうね。特別に鍛える機会もありませんし、試合に出る限りはこれからも付き合っていかねばならない痛みですね。)。さらに上腕部にもかなりの張りが残っていますが、足腰はドンヨリとした重みが残る程度ですからかなりマシ。

 10年ほど前からずっと年一の行事として参加してきていますが、当初は局所的に筋肉痛が残り、いろいろなところの筋が切れそうな痛みが残って結構たいへんでしたが、年に一回でも続けていると体は慣れてくるのでしょうね。ジジイなりの順応力ですが、たいしたものです。

 私がアメリカフットボールをやっていた池田高校の同期のメンバーや先輩、後輩と顔を会わしてワイワイと騒ぐ貴重な場でもありますし、当時のライバルチームの面々と顔を会わせて闘うのも嬉しいものです。特にしのぎを削っていた関学のメンバーと闘うのは心躍ると言うのがピッタリですが、一気に40年の歳月を飛び越えてかなりマジになれるのが嬉しいもの。

 試合後の懇親会、さらにクラブの後輩がやっている梅田食堂街の店に集まって騒ぐ2次会は大盛り上がりで、帰宅は日付が変わるギリギリの時間になりました。重たい防具を担いでスタジアムからあちこちと移動するのもかなりの重労働ですが、楽しみを前にぶら下げられると真面目に移動を重ねる生真面目な爺さん達。横から観ているとかなり滑稽な姿なんでしょうが、当人たちは夢の中でワイワイと騒いでいて楽しいもんです。まあ、罪が無くて良いですよね。

 「いい歳をして...。」という周囲の目線を気にもせず、「また来年も頑張ろうな。」と頷き合う異様な雰囲気。いったいいつまでこんな事が出来るのだろうかと思うのですが、まあ4~5年ぐらいは頑張れるかな?
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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