仕事帰りにスイム

 今日は仕事が早めに終わったので石橋のジムへ。

 19時前から20分ちょっと泳いだだけですが、とりあえずトレーニングを申し訳程度にやったという事で気分も晴れ晴れ。仕事帰りでかなり疲れが溜まっていたので軽い感じで終了しましたが、昨日に引き続いてのスイムでした。

 今日は思いの外、身体が水に馴染んできた感じ。本当に徐々にですが、

 500mを1本と100mを1本の都合600m。まあまあこんなもんです。

 この調子で行けば6月頃には2,000~3,000mくらいの距離は流せるようになりそうです。しっかりと泳げていた頃の調子までもっていくにはいろいろとたいへんですなあ。来シーズンは再び長い距離のトライアスロンに出場したいので、第一種目のスイムだと3.8kmくらいの距離をそれなりのペースで泳がないとアカンのでハードルは高いのですが、まあ時間はタップリあるので焦らずゆっくりと頑張るしかありません。


 
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雨の日曜日 のんびり

 朝から雨。ランニングは無し。

 ゆっくりと起床。のんびりダラダラ。

 午前中の用事は「ケン」の狂犬病の予防接種だけ。そのまま事務所に出勤したけど、仕事はせず。

 14時過ぎからジムに行ってスイム。

 長い間泳いでおらず、最近になってスイムを再開したあおりでちっとも体が水に馴染まない。若い時だと違和感があっても泳ぎ出すととりあえずスッと水に馴染んでいく感覚があったのだが、スイムに必要な筋肉も極端に落ちている事も手伝って全然泳げない感じ。2~3回泳いだところであまりに進歩が感じられないのでちょっと嫌になっていたのだが、今日は幾分マシになっている。

 今日はまず500mを1本。その後、200mを1本と100mを3本の合計1km。

 まだまだ序の口。スイムのトレーニングと呼ぶにはまだまだ遠いレベルだが、ようやく徐々にレベルが上がり出している実感が湧いてきた。

 とりあえずOK。

 16時半頃に帰宅。いつもの筋トレを済ませて、後はのんびりと読書。今晩は次女と3人で行きつけの居酒屋で晩御飯を食べる予定。

 

連休二日目 スイム再開

 先程のブログに書いたように連休二日目の午前中はゆっくりスタート。

 昼過ぎから嫁さんと「ケン」を連れて事務所に出勤。

 メールやスタッフから提出されている日報をチェック。

 真面目にあれこれと巡回監査で見た事や感じた事を書き込んでくれているのが嬉しい。日報を見ているとその人の仕事での成長度合いがよく分かるもんだ。事務所を立ち上げて10数年はなかなか業務日報を書かない(本当は書けないだけだと思うのだけれども、本人的には書かないと意地を張っている気がします。単に所長の指示を守りたくなかったのだろうねえ。)、或いは書けないスタッフばかりでたいへんだったけれども、最近は日報をきっちりと書き込むのが当たり前になってきたようだ。何でも無いように思う人もいるかもしれないけれども、事務所としては大切な事だと思う。

 日頃、なかなか手が回らない屋上緑化のベランダの芝生の手入れ。芝刈り機で丁寧に芝を刈りこみ、落ち葉などを掃除。芝生は見た目は綺麗だが、意地に手間がかかるのが玉に瑕。まあ、ちょっとした合間の時間に心穏やかに芝生の手入れをする時間はきらいではないのですが。

 さらに「ケン」を連れて小一時間ほど散歩。日頃は父親に任せきりになっている散歩だけれども、こうして落ち着いた気持ちで散歩をするのは楽しい限り。



 17時頃から、近所のジムに行ってスイムを久々に再開。夏の終わり頃から初秋にかけての時期にトライアスロンの大会に出ようかと思っているので、いよいよスイムのトレーニングに手を付けました。

 といっても全く体が水に馴染まず。さすがに還暦前だと、1~2年まともに泳いでいなければ関連の筋肉の落ち方が激しくって、見るも無残な状況です。

 まず100mほどブレストで泳ぐと、状態の筋肉が悲鳴を上げます。ラストの10~15mは筋肉が上がってしまう感覚。退化の凄まじさに愕然とします。

 まとまった距離をゆっくりと流して泳ぐなんて事はしばらくできそうにないと判断して、結局は100mを4本、50mを6本の合計500mでトレーニング終了。

 とてもトレーニングと言える水準になく、まともに泳げるような状況でないという事が分かった事だけが収穫です。トホホ。

 まあ、一週間も泳げば、1kmくらいなら距離泳として流して泳ぐ事ができるようになると思うのですが、トレーニングのスタートラインに立つのがたいへんです。



 19時頃に「ケン」の散歩を兼ねて、歩いて自宅まで帰って夕食。嫁さんはそのまま事務所に残って残業をするようです。

 夜はずっと「ケン」と遊びながらボンヤリと過ごすのですが、こんななんでもない時間が一番ありがたい気がします。

 いよいよ3日後の5月3日は年に一度のアンカーボウルに出場。年寄りがアメリカンフットボールの試合に出場できる唯一の場です。愉しみなような、怖いような...。



 
 

 

トラウマってものの正体

 ちょっと前のブログに書きましたが、宮古島のトライアスロンでスイムのスタート直後(まだ600mほどしか泳いでいませんでした。)に過呼吸のような症状になり、それが心臓発作の様な酷い状況に繋がるのかどうか見分けがつかず大事を取ってリタイアした一件から丸一年間、碌に泳いでいなかったのですが、当時の記憶って意識の深いところで残っているんですね。

 昨日のトライアスロンの第一種目のスイムが始まる直前に、海に入って試泳をしたのですが、何でもない状況(波の全く無い防波堤の中で試泳のエリアで泳いでいたのでスイム環境としては最高の筈でした。)で急に過呼吸の症状がぶり返すのではないかという恐怖感に襲われて、体が委縮して上手く泳げなくなりました。

 そうなると恐怖感というのは自分の中で急激に膨張するもので、安全に管理されているプールと違って、潮の流れや波、風に翻弄されながら脚の立たない海を泳ぐ(ひ弱な都会人にすれば、沖の方を泳いでいると何だか怖いですよね。足を引っ張られそうな気がして。)という事自体が怖くなってしまいどうしようもありませんでした。

 さらに大会のコースも沖に向かって一直線に750m泳いで折り返しのブイを回って戻ってくる設定でしたが、沖まで延々と泳いで出ていく事にも怖さを感じました。

 情けないと言えば情けない話ですが、トラウマってものはそういうものなのでしょう。最早、理屈ではありません。

 スイムのスタート時間を迎えるまで、リタイアした方が良いのかどうかっていう「この期に及んで何を言うとるねん。」的な迷いに憑りつかれて、本当に怖くて仕方がありませんでした。

 今まで、自分の中で大きな大会や絶対に失敗が許されない場面を迎えるにあたって、緊張こそすれ、こんな後ろ向きな迷いを感じたのは初めて。さほどに過酷な大会でもなく、真面目に頑張ればそこそこの成果が望める(いずれにしてもそんな凄い成績でもありませんが、参加者中の真ん中より上くらい。)んじゃないかと思っていました(今思えば、甘く考え過ぎでした。)から、本当にビックリしました。



 スイムが始まってからも、まともに泳ぎ続ける事ができません。

 泳ぎ出して徐々に心拍が上がってくると、あの過呼吸の様な症状が襲ってくるのではないかと不安で仕方が無くなり、すぐに泳ぐのをやめて心拍が戻るのを立ち泳ぎで待つ動作の繰り返し。

 そんな不安を押しのけて一定のリズムで淡々と泳ぎ続けた方が圧倒的に早く着きますし、はるかに安全なのは頭では分かっているのです。尺取り虫の様に繰り返し波の中で立ち泳ぎをしている方がはるかに危ないのに、もう理屈ではありません。

 一心不乱に泳ぎ続けて、もしあの症状が襲って来た時には、コースの両サイドに並んでいるライフセーバーの方たちに手を上げれば即座に助けてくれますから、本当はそこまで心配する必要も無い心配なのは分かってはいるのです。

 でも、身体が委縮して、まともに泳ぎ続けられないのです。

 リタイアも何度も考えましたが、ここでリタイアしてしまうと二度とこの競技には戻って来れなくなりそうで、無理矢理泳ぎ続けてスイムのゴール地点まで辿り着いたのですが、まともな泳ぎ方ではなかったので既に体力の大部分を消耗してしまっており、その後の競技で頑張れる筈の無い身体状況になっていました。

 自分が持っているペースの倍近く遅いペースで泳ぎ切った(陸に上がってタイムを見て、あまりの遅さにビックリ仰天でした。)のですが、心理的なパニック状況に陥っていたのだと思います。



 やっぱり再度、突然に襲ってくるかもしれない過呼吸や心臓発作(そんな酷い症状になった事が無いのでよく分からないのですが。)への恐怖、プールのように完全管理された状況と全く違う海に対する不安感、そして事前のスイムの練習をほとんどできず仕舞いで出場してきている不安感などがその下地にあったのだと推察されます。

 とりあえず何とか恐怖感を抑え込んで泳ぎ切りましたので、次回はもうちょっと不安も少なくなるのかなという期待感がありますが、こういう状態を払拭するには事前に相当練習を積んで少なくとも自分自身に対する不安感だけは全くない状態に仕上げておくことが求められるなあと思っています。



 なかなかこういった経験をした事がありませんので、自信をもってどうのこうのといった話はできないのですが、今回の状況を改善するにはとにかく事前の準備を万全にする事と、強いハートがキーになるのだと思います。

 今回は恐怖に震えながら、とにかくゴールまで耐え続けるしか手が無かった(まさになす術がありませんでした。)のですが、次回以降は万全の準備の上で真正面からこの恐怖感を抑え込んでしまわないと、このままトライアスロン競技からおさらばしないといけない状況に追い込まれてしまいますから、来シーズンのトライアスロン大会出場に向けた1年掛りの準備が問われる事になりそうです。

 この類の恐怖感は逃げていても症状は酷くなるばかりじゃないかなと思うので、勇気を振り絞って真正面から恐怖と向き合う事が重要なのでしょう。やっぱり最後は勇気がキーワードになりそうです。  

 

その後のバイク、ランも全く駄目駄目 とにかく辛い

 2種目目はバイク。

 大浜会がインからスタートして、日和佐のサンラインというアップダウンノ激しいコースを往復して40kmを走る設定になっています。

 バイクは元々、そんなに苦にしていなかったのですが、ここ数年まともに乗ったことが無いのでブランクが気になります。

 スイムの遅れを取り戻すべく前半にそこそこの人数をパスしてサンラインの上り道に入って行きます。出だしが10%程度の急坂になり3kmほど続くのですが、ここでもそこそこの人数をパス。

 標高で言うと0m地点から150m前後まで一気に登って、後は上がったり下がったりを繰り返し、最後はサンラインの終着点(今回の折返地点)である0m地点に至り、後は折り返し。左右にも曲がりくねったワインディングが続く、トリッキーなコース(ロードバイクの大会なら普通ですが、トライアスロンなら標高差も小さく直線基調のコースが多い印象があります。)でした。

 景色も良くって、バイクのコースとしては良いコースだと思いましたが、なにせ練習していません。30km地点までは順調に前の選手をパスし続けていてのですが、ここでガス欠。

 脚のダメージがきつくて、これ以上動かないアップアップの状況になりました。事前に数回でもバイクに乗って脚に活を入れておけばもう少し持ったような気がしますが...。

 そのまま惰性でゴール地点へ。



 3種目目はラン。これも最近は不調は続きますが、10kmぐらいならどうとでも誤魔化せるだろうと多寡を括っていたのですが...。

 走り始めて、すぐに異変に気付きました。

 先ほどのバイクで日頃あまり使っていないハムストリングの一部が異常に傷んでおり、全く走れません。出だしから2km地点までは完全に歩き。うだる様な暑さの中を、テクテクと歩き続けます。先ほどのバイクでパスした人たちにも延々と追い抜かれ...。

 幸いにも3km地点ぐらいから徐々に脚が動き出しましたが、長くは走れません。

 本格的に脚が動き出して、まともに走れる世になったのは5kmの折返地点を通過してから。ようやく走る動作が苦ではなくなり、それまで遅れに遅れていたタイムを取り戻すべく本格的に走り出しましたが、時既に遅しでした。

 最終的に時間制限の4時間半は残り10分ぐらい残して完走しましたが、もう何をやっても駄目の一言のトライアスロン大会出場になってしまいました。まあ、それもこれも事前にしっかりと練習していない自分が悪いのですが。

 自分の心身をフルに使い切って闘った大会にならなかったので、変な使い方、練習不足から来る一部の筋肉痛はありますが、疲労感はほとんど無し。まともに戦う以前の問題だったという事なんでしょう。

 出だしのスイムでこけてからは、練習不足がボディーブローの様に効いて、将棋倒しみたいに全ての競技がALL OUTです。

 唯一の成果は、とりあえず海への恐怖心を何とか克服してスイムをクリアした事。自分の心の中に根差していたトラウマに気付き、完全とは言わないまでも何とか正面から向き合ってどうにか制御(とても高いレベルでの制御とは言えず、最低限の制御に終わりましたが。)できたという一点です。

 それにしても人の心の中の恐怖心、一旦意識してしまうと心身が委縮してまともに正面から向き合う事が、こんなに難しい話なんだという事を経験する良い機会になったのかもしれません。まだまだ完全に払拭できた訳でも無いのだと思いますが、次回はもっとしっかりと事前のトレーニングも積んだ中で完全に自分の心をコントロールして向き合ってみたいと思っています。

 何とか、3年ほど前の宮古島のロングのトライアスロンを完走していた頃の競技水準まで身体状況を戻して、もっとこういったランやトライアスロンを楽しめる状況にしたいなあと思っているのですが、ここからの復活は自分の頑張り次第なんでしょうかね。
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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