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篠山に行ってきました

 篠山に行ってきました。もちろん仕事で。

 行きは高速道路で。帰りは山越えの下道で。

 田畑や山の斜面には雪が積もって、寒々とした風景でした。が、都会と違って建物が少なく、空間の広がりが意識できて、何となくホッとします。

 うちのスタッフと片道1時間程度のドライブでした。

 お昼には、篠山城端の食堂で牛飯丼なるものをごちそうになりました。

 牛ステーキの上に山芋がたっぷりとかかっったところに、だしをたっぷりとかけてある丼です。おいしかったです。ごちそうさまでした。

 篠山の街全体の空気感がトロンとしており、なんだかこのまま昼寝をしてしまいそうな寛ぎ感でした。

今日は篠山に仕事

 最近は丹波に縁があります。

 オジサンの通夜や葬儀はもとより、昨年後半にもちょくちょく行ってました。

 最近はあまり丹波に行くことも無かったのですが、俄かに行く機会が増えてきました。妙なものです。

 今日は今から仕事で篠山のはずれに。お客さんの本社兼工場を訪ねます。普段はうちのスタッフに任せて月次で通わせていただいているのですが、久し振りに私もついて行かせてもらいます。

 もちろん仕事ですから、他の事は何も出来ないのですが、何故だか大阪から丹波の一般的な風物を目にする辺りに入ってくるとホッとした気分になるのは、私の中のDNAが疼くからなのでしょうか...。

オジサンの葬儀

 私はすでにブログで書いたようにオジサンの葬儀に行けませんでしたが、両親と嫁さん、子供二人が参列してきました。

 子供二人にしたら、一族がこんなにたくさんいて(父親は8人兄弟、私の従兄弟は22名、その子供や孫を含めると訳が分からない人数です。)、賑やかにワイワイと喋っている光景が珍しかったらしいです(当たり前です。彼らからしたら父親の兄弟は2名、従兄弟は合計4名の典型的な核家族ですから。)。

 私と顔形は違うのですが、何となく雰囲気の似ている従兄弟たち(みんなオッサン、オバサンですが...。)がぞろぞろといているのは何となく妙なものだったのでしょう。

 オジサンの葬儀の親族席は64席用意したらしいのですがそれでは足りず、広大な葬儀上の駐車場がみるみる一杯になった様を見ていて驚いたようです。

 お経を上げるお坊さんが7名もいたのにも驚き。

 全く都会と違う葬儀の作法、日本は広いなあという感じだったのでしょう。



 子供二人には、こんな大きな一族の一員だったのだという妙な感覚を楽しんで欲しいなあと思います。一族ですから普段の自分の日常生活にはそんなに深く介在してきませんが、自分たった一人で生きているのではないのだという妙な帰属意識は持っていて欲しいなあと思います。

 個人の自由が尊重されるのは当たり前ですが、でも過去から将来にわたって垂直にも一族というロープが繋がりますし、今回のように従兄弟やその子供まで含めた水平にも一族という平面が広がる感覚というのは、生きていく上で何となく大切な感覚ではないかと思います。

 自由と自分勝手が混同されてマスコミなどでは喧伝されていますが、その間の線引きをしっかりと出来るようになる為にも、こんな感覚の有無が決定的に重要な要素になるのではないかと感じています。



 大学生の長女が焼香の手順を間違えそうになったらしく、たいそう慌てたようですが、オジサンも天国からその顛末を笑いながら見ていてくれたように思います。

 オジサンの前でしっかりと間違えて、手順を覚えて、他の場でちゃんとできるようになったら本望といってくれるような気がします。

 家族それぞれが体験した今回の葬儀ですが、なかなか普段経験できない色々な想いを家族の胸に植えつけてくれたような気がします。
 

  

年金無料相談

 今日はオジサンの葬儀には出席できずでした。

 朝から税務署主催の年金者の確定申告無料相談の会場責任者として池田市民文化センターへ行きました。

 10時から15時まで、昼の1時間を除いてずっと年金所得者の方々の税務相談です。一日の相談来場者がざっと320名くらい。これを8名の税理士が対応します。

 税務署の方もこの確定申告無料相談の方法を年々工夫して頂いて、最近では当初の前さばきで税理士が相談に応じ、実際に確定申告書を作成する段ではパソコンを使って税務署職員の方々による入力と電子申告が行われるようになって、相談会場の運営がスムーズにいくようになってきたように思います。

 一日中、大量の納税者の方と相談を続けると本当に神経的に参ってしまうのですが、ちょっとづつスムーズな運営になってちょっと助かってきました。

 

 これが終わると次はTKC全国会の近畿大阪会の常務理事会。これは夜遅くまで。

 朝から仕事がちっともできず業務関係団体の行事に手間がとられるところが辛いところです。

田舎今昔

 昨日、久々に本家に帰って、色々と村の状況が変わっていてビックリしました。

 まず村の中の細い道路を行き来するのではなく、村の外側をスッキリとしたバイバス状の道路が走っていたこと。まだ道路が完成しきった状況にはなっていませんでしたが、一部村を分断する形の尾根を抜くトンネルまで工事中になっていました。

 もう夕方で薄暗かったので良く見えませんでしたが、小学生の時までよく泳いだ川(オジサンに連れて行ってもらっていました。)も、両側が護岸されてすっかり管理された川に化けていました。

 生活は便利になっていいのでしょうが、ちょっと見ていて寂しいものがあります。都会人の勝手ではありますが...。

 当たり前ですが、色々と開発の手が入って、私の脳裏にある田舎の姿とだいぶん形が変わっています。


 ただ、車を停めて本家まで歩いた夜道の暗さだけは昔のままで、都会の街燈に眼が慣れてしまった私には、足元が良く見えずちょっと不安な思いで道を歩いたのですが、なんだかこれだけは変わっていないということにホッとしたのでした。

お通夜

 昨夜、お通夜に行ってきました。

 野垣の一族の本家に久しぶりに帰ってきました。薄ら寒い冬景色の中を車で一人。

 意外だったのが、最近ちょくちょく新聞等で目にする丹波竜の発掘現場が本家のすぐ近所だったこと。

 つい最近(調べてみると1月7日)にも近所の小学生が鎧竜の歯を発見した記事が載っていたのを覚えている人もいると思います。日本最古の歯の化石らしいです。

 私の中で急に新聞記事が身近な記事に変化しました。

 今度、ゆっくり訪ねて来てもいいかなあ。



 本家に着くと、すでに近隣の弔問の人でごった返していました。親類は裏口からこっそりと中に。

 家の中に入ってみるとすでに親類縁者も続々と集まってきていました。

 オジサンの孫やひ孫もたくさん。幼稚園みたいです。

 私のような従兄弟連中も10数名。もうこんな慶弔事でしか顔を会わす機会がありませんが、話に花が咲きます。都合24名の従兄弟(うち2名が既に鬼籍に入っていますが。)がいますが、明日の葬儀と合わせてその8割方が来るようです。

 親類縁者と言っても半分くらいしか顔が分かりませんが、それはそれ。同じ血縁の親しさからすぐに会話がつながります。

 40~50名の親類縁者が雑多にあちこちで雑談にくれています。それを見ていて私もこの一族への帰属性を再度確認しました。なんとなくあるこのつながり感。不思議な感覚です。

 

 オジサンは明治43年7月22日生まれの100歳6ヶ月だったそうです。まさに大往生。最後は苦しむことなく眠るようなものだったらしいです。

 これだけの長寿になるとありがたいことにその場で涙するものは無く、ちょっとした寂しさを胸に、思い出話に花が咲いていました。

 通夜を通じて個人のやさしかった人柄を偲ぶ、なんとなくにこやかな送りの場となりました。本当にいいお通夜だったなあと思いました。

銀行さんとのつきあい

 昨日、某地銀さんの経営幹部の方20名弱を前にTKC全国会の中小企業金融円滑化法に対する取り組みや、日常的に展開している経営計画の作成、管理に対するコンサルティングをレクチャーしました。

 普段は一般のお客さんや税理士を対象としたレクチャーをよくしていて、講師をすること事態に抵抗感は無いのですが、銀行の幹部の方を前に金融に絡んだ経営改善計画などを喋るのは釈迦に説法のような気がして、喋りにくかったです。

 レクチャーの後の質疑応答は、同行したTKC近畿大阪会の会長が喋ってくれたのですが、横で聞いていて私よりはるかにポイントが絞れた理解力でこの問題を取らまえているのだなあと感じました。

 私が想定する答よりことごとく質の高い回答を出しておられ、さすが会長という気分で聞いていました。

 基本的に私より会長の方がTKC全国会の重要情報に接する機会がはるかに多く、それを斟酌する機会に恵まれていることは理解できますが、やはりいくら情報に恵まれていても最後は本人の理解力とそれを第三者に伝えるコミュニケーション能力が要所になりますから、やはりその辺りの地力の差なのでしょう。

 まだまだ色々と勉強、研鑽を積んで自らの能力を底上げしていかにゃあならんと痛感した次第です。



 それが終わって今度は19時から某信託銀行の支店長さんと食事会へ。

 来月にその銀行主催で税制改正セミナーをするので、その打ち合わせ(結局何も打ち合わせはしませんでした。)とまあ今年もよろしくということで酒席を設けて頂きました。

 本当に気さくな支店長さんで、酒席の間ずっとテンションが上がりっぱなし。とても銀行の人と食事をしているような固い雰囲気がなく、ワーワーとまるで学生時代の友達と騒いでいるような感じで終始しました。

 もし行きすぎた言動があったら御免なさいといった感じです。



 たまたま2つの銀行の方とそれぞれのスタイルで情報交換をする機会があった一日でしたが、銀行も色々な悩みを当然に持たれており、それに対する対応策に頭を悩ましているのだと教えてもらい、勉強になりました。

 私のお客さんも銀行さんに対して何とか現状の融資水準を維持するためにあれこれと悩んでおられますが、私としてはその両者の悩みをうまい具合にマッチングしていかねばなあと感じた次第です。

 具体的な話は守秘義務の関係もあって書けないのが残念ですが...。

親戚のオジサンが亡くなった

 週初めの月曜日。

 今週も頑張らなあかんなあと新聞を読みながら朝食を食べていると父親が来て「太田の兄貴が昨晩亡くなったで。」と一言。

 うちの父親は8人兄弟の末っ子で5男ですが、太田のオジサンは本家を継いだ長男さんです。

 物凄く長寿で、101歳でした。まさに大往生でした。



 私がものごころついた時にはすでに祖父は他界しており、このオジサンがよく可愛がってくれたので、小学生くらいまでこの人が自分のオジイサンだと思っていました。

 無職で先の当てもない25歳当時、結婚した時の仲人も務めてもらいました。

 何もお礼らしきこともせず御無沙汰ばっかりでしたが、最後のお別れはちゃんとしなければと思っています。

 

 両親は当然ですが、私自身は今日のお通夜に行って、明日の葬儀には嫁さんと娘二人が出席します。

 残念ながら私は葬儀には出席できません。税理士会の年金無料相談の会場責任者が当たっていますので、変わってもらいようもないので仕方がありません。

 篠山から20分ほど車で入った田舎ですから葬儀も物々しく、とっても都会の葬儀とは異なります。お坊さんが7人も就いて読経するたいそうなものです。

 娘二人も野垣の一族の雰囲気や歴史を感じてもらおうと誘うと二つ返事で「行く。」とのこと。いくらこんなことを口で説明しても伝わらない一族の血の連鎖というもの(自分の人生は自分の物だけじゃなくて営々と続いてきた先祖さんの想いとこれから続くであろう子孫の将来との連結環としての存在)を実感して欲しいと思います。

八幡~伏見マラニック 顛末

 マラニックが終了して、私たち夫婦は京阪八幡市駅前に置いていた自家用車を取りに戻り、そのっま木津川にかかるながれ橋たもとの温泉へ。

 一日中風が無くまだしのぎやすいランニング日和でしたが、さすがに寒さ厳しい中を終日走り回っていたので、温泉の温かさが身にしみます。

 ちょっとした距離をロードレーサーに乗ったり、ランニングをしたりしたら必ず最寄りの温泉を探して入るのですが、色々とスポーツをしていて結局これが最大の楽しみかもしれません。



 充分に温まった後に、「ケン」の餌を買いに醍醐に車で寄りました。柴犬の専門店で、「ケン」もここで買いました。事務所のお客さんの所に仕事で来たついでにいつも餌を買っていたのですが、今回も近所に寄ったということでついで買いで
す。

 店の中ではたくさんの柴犬の仔犬がゲージの中におり、見ているだけで飽きません。やっぱり仔犬の時期が圧倒的に愛らしくて、飼っていても喜びを感じる時期ですよね。

 うちは「ケン」様がいるので、さすがにもう一匹頂戴とは言えませんが、犬は一緒に生活していると本当に癒されるものです。



 そのまま池田の自宅まで戻ってきて、近所のスーパーマーケットで晩御飯の買い物。屋上の駐車場から売り場まで階段を降りるのですが、さすがに嫁さんの両足が悲鳴を上げており、エレベーター利用でした。

 私は23km走ったダメージはたいしたものが無く、やっぱり8km前後走ると必ずでてくる左膝の痛みだけが悩みです。

 そんなこんなでダラダラと暮れていく日曜日の夜でした。

八幡~伏見マラニック⑤

乃木神社 乃木資料館(日露戦争作戦本部移築) H23/1/24 乃木神社境内にある乃木資料館です。私は「坂の上の雲」が愛読書ですから、一生懸命に見学しました。「坂の上の雲」ではあまりいいように書かれていない乃木将軍ですが、真実はどうだったんでしょうか。

 どちらにしても命懸けで江戸後期から明治を駆け抜けた人であることは間違いではなく、こんな人々のお陰で今の日本の幸せがあるんですよね。

 資料館の建物は日ロ戦争当時の作戦本部跡を移築したものらしく、それなりの趣です。

明治天皇陵から見た宇治市側展望 H23/1/24
 明治天皇陵から見た宇治市側の展望です。見晴らし絶好です。






伏見桃山城天守閣 H23/1/24
 ゴール間近の伏見桃山城の天守閣です。

 今は内部に入れません。外から眺めるだけ。

 
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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