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「ケン」の怒り

 我が家のエコキュートが故障をして夜方に修理の人が来られたのですが、「ケン」にはそれが理解できません。

 さっきからずっと不審者が我が家に入ってきたと思って吠え続けています。

 この辺りが犬畜生の悲しさでいくら口頭説明をしても分かってくれず(当たり前といえば当たり前ですが。)、弱った話です。

 普段はおとなしい奴ですが、家族以外の人には本当に厳しい態度です。ちゃんと躾をすればその辺りの見境もつくのかもしれませんが、まあいいやという感じであるがままに育てた報いかもしれません。

 新築をして7年ちょっとも経てばいろいろと不具合が出てくるもの。

 これからもこういう事がちょくちょくと起こって来るのでしょうが、その都度「ケン」が興奮して修理の人にとびかかるのを防止するために一室に閉じ込めることになるのですが、やっぱり落ち着かずに大興奮って事になるんだなあと思います。

 飼い主からしたらかわいい奴ですが、困ったもんです。

 もうちょっと聞き分けができたらなあ...。

仕事再開、一日目

 今日は朝から事務所でデスクワーク。

 100kmマラソンから2日経ったのでさすがに疲労感は消えましたが、脚の状態が全く回復しません。相当手ひどいダメージなんだと思います。



 午前中は各スタッフの担当先の個別問題についてヒアリング。

 気が付くと13時過ぎになっていたので慌てて昼食。ついでに近所の呉服神社にお参り。

 早々に仕事に復帰して、アポイントの調整やお客さんからの電話での質問のやりとり、さらには講演会の原稿作成や...。あっと言う間に17時過ぎ。今日は夕方から自宅のエコファームの修理の予定が入っているので早目に帰って修繕の職人さんを待っていなければ駄目だということで早帰りです。

 18時くらいからダイニングテーブルに資料を広げて再び講演会の原稿作成。今晩中に仕上げですから、今からじっくりと頑張りたいと思っています。



 それにしても、3泊4日で事務所を開けるとこんなにもやることが積み上がるのかという感じでした。

 朝一から退社の17時半頃までがあっという間。まさに顔を上げる間もなかった様な感じです。

 恐るべし、仕事の雪崩。

ワイドーマラソン総括②

 先ほどのブログでワイドーマラソンの総括を書いたのですが、さっき遅い昼ご飯を食べて、ついでに近所の呉服神社にお参りをしていた最中に「ちょっとちゃうなあ。」と思い直したので、さっきのブログでの総括をちょっと修正。



 結局、新年早々から3泊4日の予定でおっぽり出して走りに、わざわざ日本に西南端の宮古島まで行って、100㎞マラソンに興じれている今の私の生活状況そのものが◎

 仕事に溺れかけながらでも、とにかく最大限の努力をすればこんなことにうつつを抜かせるのだから。

 また、50歳を超えても特段に悪いところもない健康状態あってのことだから。

 思えば有り難い事よ。



 確かにタイムが良かったとか悪かったとか、あそこをもうちょっとこうすれば...っていう〇や☓は数あれど、そんなことで楽しめている自分自身ってのが有り難いなあって呉服神社の本殿前でふっと感じました。

 神さんが教えてくれたんでしょうかね。

ワイドーマラソン総括

 今回のワイドーマラソンの総括。

 まずは〇について
 ・とりあえず一人で行ってもちゃんとスタートラインに立てたこと。
  いつぞやは同じ宮古島でエントリー失敗を失敗して、無念のDNFを経験しているだけに...。大人
  になりました?

 ・直前まで結構ヘビーな腰の違和感だったのですが、走り出して20~30㎞ほど走っている間に雲
  散霧消したこと。何事も甘やかすだけでは駄目なのかも?

 ・昨年は42.195㎞通過後からメロメロに失速したのに、今回は7分/kmの私としたらとんでもない
  ハイペースが80㎞通過地点まで続いたこと。

 ・脚が動かず、歩行が困難な状況に追い詰められても、とりあえず諦めずにラスト20㎞を歩き切っ
  たこと。とりあえず頑張りました。

 ・ひゃっとしたら次に走ったらこのペースのままで100㎞を走り切れる術があるんじゃないかと思え
  たこと。

 次は☓について
 ・昨年の12時間34分から大幅に記録ダウン。13時間19分ですから45分遅れ。
  残念!

 ・脚が動かなくなるといっても、まさかあれほど動かなくなるとは...。
  やっぱり歳のせい? 年寄りの冷や水!

 ・大会が終わって2日経っても全く回復しない脚。日常生活に支障が...。
  どうやら筋肉痛っていうレベルじゃないみたい?

 ・改めて100㎞という距離に恐怖感を感じたこと。
  もう歳なんだから頑張るところと違うのかも...?
 


 〇と☓が交錯していてまだ整理がつかないような状況ですが、こんなところかなあ。
  
 

大会から一夜明けて

 昨日の惨敗から一夜明けると雨で寒い。昨日のワイドーマラソンでこんな感じで朝から雨が降り続いていたらちょっと厳しいなあと思います。

 昨日は快晴で、風も程よく文句のない天気だったがラッキーでした。

 足の筋肉痛が半端無い感じです。壁や手すりを持たないと立ったり座ったりが苦しい。

 マラソン大会の翌日に筋肉痛になることは確かにあるのですが、今回は特別です。昨年のワイドーマラソンの翌日なんかは6~7㎞ほど積極的疲労回復ということでランニングをしていまいしたが、歩くのも困難です。

 今回の足の壊れ振りはまさに際立っています。まさに身の程知らずの報いってことなんでしょう。

とりあえず完走、壊れた脚

 とりあえず完走しましたが、脚が壊れてしまいました。参った、参った。

 記録は昨年より45分も遅い13時間19分。最後はひたすら完走狙いで苦しみ抜いた大会になってしまいました。

 不本意です。



 前年の記録(12時間34分)を大幅に上回ろうと、前半から積極的に攻めました。出だしの30㎞は3時間2分。6分/㎞のペースですから、私にしたらフルマラソン並のスピードです。

 昨年はこのままペースを落とさず走り続けて42.195㎞通過後に大失速という事になったので、ここからはペースを7分/㎞に落としました。

 40㎞通過で4時間8分。

 フルマラソンの42.195㎞通過で4時間24分。

 中間点の50㎞通過地点の狩俣中学校前では5時間25分。昨年はこの時点ですでに失速が始まっていましたから、私にしたら上出来です。

 ここから80㎞通過地点の東平安名崎までは限度を超えて悲鳴を上げる脚とそれに追い打ちをかけるアップダウンの繰り返しでたいへんな区間なのですが、必死にこらえて走り続けて9時間6分。区間的には8分/㎞。トータルのペースでは7分12秒/㎞ですから、このまま走り続けるとMAX11時間40分。悪くても12時間ちょっとということですから、昨年の記録より30~50分ほど記録短縮ということになりますから大健闘です。



 が、そうは問屋が卸しません。

 東平安名崎の80㎞地点直前の上り坂で、突然脚が動かなくなりました。

 本当に「えっ?」って感じですが、脚が壊れた感じです。自分にとってペースが速すぎたという事なのでしょう。

 

 脚が動かないってよく起こることですが、今回のそれは本当にひどいものでした。歩くのさへうまく歩けないっていう感じです。脚の筋肉でしっかりと体が支えられず、左右にフラフラと蛇行するような感じ。腹筋に相当力を入れないと真っ直ぐ歩けません。

 頑張っても10~12㎞/分のペースですから、もはや歩くのが精一杯。



 東平安名崎のエイドステーションでは、脚を回復させるべく20分ほど停まってマサージやストレッチを繰り返しましたが全く効果は無し。

 この調子で行くと辛うじて14時間の時間制限内にゴールにたどり着くか否か...。

 リタイアは嫌ですから、とにかく動けるところまで歯を食いしばって動くだけです。

 結局、最後の20kmはひたすら辛抱の連続でたいへんなことになりました。



 それにしても80㎞地点までなんとか自分の中のハイペースがキープできたんだから、あと20㎞くらいはどうにかならないのかという感じです。

 その昔(どれだけ昔や!)なら、ここまで粘ったら後は多少なりともパフォーマンスが落ちたとしても、ここまで急激にストップがかかることなんてなかったと思うんだけど...。とにかく最後の20㎞なんだから死ぬほど辛抱したら何とかなりましたなんて感じだったのですが...。

 確かにスポーツから全く縁のない生活を25年ほど過ごして過去の基礎体力は全くもって無に帰しましたし、仕事の合間に走り始めてからも高々2年ちょっと。高いパフォーマンスのランニングに耐えれるほど基礎体力が充実していないのは確かなのですが、どうしても過去の記憶が顔を出してきます。

 どうしても常にマックスのパフォーマンスで試合に挑め!という事が体に擦り込まれてしまっているので、なかなか習い性を拭い去ることは難しいなあ。

 選手交代は自由というアメリカンフットボールの世界で育ちましたから、試合に臨んで選手自身が理屈の世界でパフォーマンスを調整することをするな(それはコーチが選手起用で調整することだ)と言われて育ちましたから、終わりまで考えてペース調整するのはなんとなく罪悪感を感じます。

 競技特性が違うと言えばそれまでですが。



 今後はもうちょっと大人のレース運びをしないとなあと思った宮古島ワイドーマラソン大会でした。



 
 

受付完了

 宮古島二日目。

 14時過ぎから明日の100㎞ワイドーマラソン大会の受付に出発。平良市街からレンタカーで20分ほど走った上野というところの体育館です。

ワイドーマラソン受付風景
 受付自体は一瞬で終了です。

 なんだかいかにも宮古島!って感じのゆる~い雰囲気でした。

 選手が続々と集まってきていますが、まだまだ緊張感もなくゆる~い感じです。






 あまりにあっけなく受付が済んでしまい、特段することもないので4月下旬に出る予定のトライアスロン大会の3種目目のフルマラソンのコースでも下見をしておこうと思って、そのコースをレンタカーで走りました。

 本当に強ければそんなナーバスな事はいらないはずですが、なにせいっぱいいっぱいの状況で出ているもんで、昨年感じた不安要素を冷静な目で観察しなおしてjとにかくマイナスイメージだけは払しょくしておきたいって感じです。

 それぞれの地点の距離表示もだいたい頭の中に入っていたものと同じ感じですが、やっぱり道の傾斜状況が昨年走った時とこうやって冷静にながめているのではちょっと違う感じです。先ほどのブログにも書きましたが、しんどかった時の記憶というのは、多少正確さを欠いたところがあるもんだとつくづく思いました。

 人の話を聴く時も、その時のその人の肉体や心理の状況まで慮って聴き取らないと意外な誤解が生じるもんだということです。



 16時半頃にホテルに戻って来て、今から明日の本番の服や装備の最終チェックです。それが済んだら早目の夕食。肝臓へ負担をかけないようにビールは抜き。風呂にも早めに入って19時前後には就寝予定です。

 明日は3時前に起床して身繕いと朝食を済ませて5時スタートになりますから、そろそろ気分も大会モードに入ってきています。 

宮古島二日目

 朝7時半頃起床。

 昨夜はぐっすりと眠れました。が、腰の調子は今一です。ちょっと心配...。

 今日は明日の100㎞ワイドーマラソン大会の受付が14時~18時の間に上野体育館で行われるので、これだけは絶対にはずせません。以前トライアスロン大会で苦い記憶があるので、そこだけはちょっとナーバスなくらいに予定確認をしてます。何せスタートラインに立てなかったら洒落になりませんから...。



 朝ごはんを済ませると、腰の調子を見るために平良の街を散歩してみることにしました。

 ちょっと歩き出すと「平良 歴史・文化ロード 綾道さんぽ」という看板が目に付いたので、これに沿って歩いてみることにしました。距離にして4km弱だそうです。ちょうど疲れないで、様子を見るにはいい距離だと判断しました。

 この歴史・文化ロードですが、宮古島の中心部のここ平良に集積してる墳墓や御嶽や井戸などの歴史的な遺跡を30か所ほど繋ぎ合わせた散歩道でした。歴史好きな自分としても楽しく回れました。その一部だけを紹介します。
人頭税石
 漲水御嶽を過ぎて平良港沿いを北上していくと人頭税石が出てきました。

 私の肩の高さくらいの石柱です。

 税金を仕事にしている関係で、ついついしっかりと説明板を読んでしまいます。












人頭税石説明板
 今の様に所得に対して課税をするという複雑な課税制度を採ることができないために、その昔は人の頭数で一人当たりとか家の間口の幅であったり、田圃の広さであったりという風に極めて簡単な基準で徴税が行われていたのですが、この石柱の高さを背丈が超えると一人当たりなにがしの税金を納めることにするという基準にされていた石のようです。

 でもこんな屋外に無造作に立っている石柱なら、私だったら毎晩こっそりと石柱を削りに来るけどなあなんて思いながら眺めていました。

 一見、背丈の高さで課税判断を行うので公平なようですが、背の高さは人それぞれ。小さい頃にあれよあれよと背が伸びてしまった子どもはとんでもない親不幸者になってしまうことになりますので、何とも妙な基準です。

 課税の公平を担保する考え方を確立するって難しいことだなあともいます(現在ではかなり不公平感を払しょくするように工夫された制度になっていると思いますが、何せ複雑に過ぎてしまって...。)。
ウブムイ御嶽
 これはウブムイ御嶽。 

 この散歩道では至る所にこういった御嶽がでてきます。

 御嶽って、いわば本土で言うところの神社のようなもの。正確にはちょっと違うようですが、こういった石や木や森に神さんが宿っていてそれをお祭りする場所ですから、自然物に宿る日本固有の八百万の神さんを祀るという部分では根が同じなんじゃないかなあと思います。




ウブムイ御嶽説明板
 ウブムイ御嶽の説明板。












大和井説明板
 大和井の説明板。

 宮古島はサンゴ礁でできた島なので戦後に地下ダムが建設されるまでは極めて水持ちの悪い島であったために、宮古島の各集落はどこも生活用水や農業用水の確保に苦労をしたと以前宮古島に来て地下ダム記念館を見学したときに書いてあったのを思い出しました。

 この大和井はこの辺りの生活用水を調達するために作られた井戸のようです。




ブトゥラガー
 手前にあるのがブトゥラガーと言って庶民が生活用水を汲みに来た井戸です。

 窪地をさらに掘り込んで、通路を作った井戸です。生活用水を確保するってことに物凄く苦労したようで、水汲み(結構重労働だったようです。そら、水ってまとまると思いですものね。)で住民たちがここで延々と順番待ちをしていたようです。毎日の事だからたいへんですよね。












大和井
 こちらが大和井。ブトゥラガーより数十メートルほど奥まった場所にあります。

 支配層が独占していた井戸だったようです。

 が、こちらの方が同じ窪地をより深くしっかりと掘り込んでおり、写真をよく見ると分かるのですが井戸の周囲を石垣できっちりと囲い込み、井戸の手前には門があったらしく門柱の礎石が残っていました。

 いつの時代でも良い方は支配層が独占して、しっかりと柵塀で囲ってビタ一文寄越しませんって感じで運用するもんなんですね。

 どっちにしても戦前以前は水が物凄く貴重品だったという空気感が感じれます。






トライアスロンまであと何日
 最後に宮古島市の市役所前に出て来るとこの看板。

 そうです。私が4月下旬に出場する宮古島トライアスロン大会の残日数をカウントする看板です。

 今朝の宮古島の新聞を読んでいると昨日がちょうど大会100日前ということで、この看板の運用を始めたという記事が一面にでかでかと載っていました(他に大きな事件が無いようで、トップ記事でした。平和ないい島ですね。)。

 まさに島を上げての応援というところが良く分かります。

 本当に大会に参加していても、もう全島挙げてのお祭りみたいなもんで一種独特の盛り上がりがあります。そんないい大会に今年もエントリーが敵いましたので幸せな事だなあと思います。



 なんだかんだと言いながら1時間半ぐらいかけてゆっくりと4㎞前後の距離を歩いていると違和感のあった脊椎の付け根の部分になんとなく上手く治まりがつき始めたような...。

 錯覚かもしれませんが、ちょっと外れかけていたコードがきっちりと基のラインに治まり直したような...。

 もうちょっと様子を見ないとなあ。

 それにしても今日は昨日の寒さが多少和らぎ気温も19度前後まで上がりそう。太陽が顔を出して、風もあまり吹かず体感温度も高めなので、体には優しい感じがします。

宮古島初日の夜

 宮古島の100㎞コースの下見を終えると18時過ぎ。

 そのままこれまた宮古島で私の中で定番にしている居酒屋の「うさぎ屋」さんへ晩御飯に行きました。今回はホテルから1分と近くて便利です。
 うさぎ屋ステージ②
 この店では小一時間の三線を使ったステージがあり、宮古島ムードたっぷりです。沖縄民謡や沖縄ベースのポピュラーを写真のブーチャンが良い声で歌ってくれて客席も盛り上がります。本土のお客さんが多く来ている印象です。










うさぎ屋ステージ
 昨年見かけた若い男の子(太鼓を持って踊っている彼です。神奈川県からつい先日やって来てここで働き始めたと話していました。)も元気に働いていました。










 私は一人で行きましたのでステージ横のカウンター席に通されたのですが、隣に座っていたお客さんも100㎞ワイドーマラソン大会に出場する予定だということで話に花が咲きました。

 聴けば私の自宅の近所の宝塚に住んでおられるUさん。サブスリーランナーで私とはランニングのレベルは月とスッポン。こういったウルトラマラソンの大会を中心にいろいろと出られているようで、昨年の100㎞ワイドーマラソン大会に優勝したYさんとも懇意の仲だそうです。

 萩往還(250km)やスパルタスロン(アテネ~スパルタの246㎞)などの超長距離の大会にも出ておられ、私の知らない世界もいろいろと教えてもらいました。野垣さんも出ましょうよと誘われて、思わず「はい。」と返事をしそうになる調子者の私です。

 危ない。危ない。

 私は明日の100㎞の大会すら必死のパッチです。走り終わると、もう完全に動けなくなるような状態なのに、何が250㎞に出たら案外走れるかもなあなんて考えている自分が能天気というのか、怖いもの知らずというのか...。すんでのところで約束をしてしまう(約束をした以上は「出れません。」という台詞は言いたくないですもんね。)ところでした。



 それにしてもフルマラソン(42.195㎞)の大会も確かに面白いのですが、100㎞を超えるウルトラマラソンの世界ははるかにドラマチックな事が起こる世界です。またそこで知り合った方々とは濃密な付き合いに発展する可能性が高くてディープな世界です。

 ちょっと危険な匂いのする世界ですが、一度知ったら止められないような不思議な...。

いざ宮古島へ

 今日から月曜日までの4日間は宮古島100kmワイドーマラソン大会に出場のため、大阪を留守にします。

 この冬一番の寒波に見舞われて、一昨日くらいから腰の調子が思わしくないままに飛行機に乗ることになりました。骨盤と脊椎の繋ぎ目の辺りに違和感が出てきて気持ちが悪いのですが、どうすることもできないままに9時50分に伊丹空港を発って宮古島へ出発です。

 飛行機の中ではひたすら仕事関係の書類に目通し。

 気付けば那覇空港、さらには宮古島という感じ。14時過ぎに到着ですからおよそ4時間の空の旅です。



 宮古島空港も思いの外寒く、聞けば気温は17度。曇り空で、風も強くて体感温度的には15度くらいか?

 温暖な宮古島で大会前の二日を過ごせば調子の悪い腰も回復するかなと思っていたのですが、予想外の寒波でそう上手くはいかないようです。



古謝そば屋
 宮古空港到着後にすぐレンタカーを借りて、そのまま空港の近所のいつもの「古謝そば屋」へ。

 ここはいつ来てもお客さんでいっぱいの人気店です。確かに美味しいのですが、ちょっと駐車場に車を止めるのに苦労しました。







ソーキそば
 私の定番はこのソーキそば。

 これを食べると、またここに来たなという気持ちになります。

 美味しいのですが、とても上手にコメントできません。下手なコメントでイメージを壊してもいかんので、ここは美味しいという事でご勘弁を。

 


 人心地ついた後は宮古島の中心街の平良のメインストリート沿いにあるビジネスホテルにチェックインです。

 一泊朝食付きで、清潔な7畳半の和室、大浴場とサウナ付きで5,000円ってことですから、まずまず安くて満足です。

 もうこれで今日はやることがないので、日が暮れるまでに大会本番の100㎞のコースをレンタカーで下見をしておくことにしました。

 昨年走った時は前半はそこそこフラットなイメージ(池間島大橋の前後の物凄い強風には参りましたが。)でしたが、中間点の50㎞を通過してから東平安名崎のある80㎞までがやたらと上り坂の印象が残っていてしんどかったなあというマイナスイメージがこびり付いているのですが、冷静に見てどうなのか一度検証をしておこうということです。

 結果的にはこの区間はマックスでも100m程度の上りですから、比較的頻繁にアップダウンはあるものの強烈というほどのものでもなく、前回のマイナスイメージは既に50km以上走ってきて脚がボロボロになった状態で感じた印象であって、フラットな道ですら上り坂と錯覚をしていたような気配さへ感じました。

 やっぱり人間の記憶ってその時の肉体や精神の状況に大きく左右されて残るものなのだなあと痛感しました。

 下見をしておいて、変な先入観を払しょくしておいて良かったと思いました。
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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