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一日中、病院へ付き添いで過ごす

 昨夜、どうも父親の様子がおかしいと母親から相談を受けました。

 確かに色々な話を聴いていると、普段の父親と違って何か深刻な状況の変化が起こっている予感がしましたので、朝一で大阪市内の大きな病院へ連れて行って不調の原因を突き止める事にしました。

 8時過ぎから私と母親が付き添いの形で、父親を車に乗せて大阪市内の大きな病院に向かいました。



 一ケ月前から腰の辺りが痛いと言い出し、ようやく痛みが取れてきたと思ったら、今度は右脚が思うように動かなくなり、右手まで具合がおかしくなってきて...。

 何度も池田市中の病院に通ってCTを撮ったりしたんですが、原因が分からないまま。

 家族皆で「おかしいなあ。」「おかしいなあ。」と言い合っていました。まあ齢80を超えて、これまで病気ひとつしたことが無い元気が取り柄の父親だけに不思議???でした。

 色々な障害が右半身に偏って起こってきたので、これは脳に何か原因があるのじゃないかと思い、土曜日に入っていた自分の研修予定を急遽変更して、とにかく原因を突き止めるべく病院に付き添った次第です。



 大きな病院で、かなり待たされる覚悟をしていたのですが、さにあらず。

 最初の問診から各種検査、CTやレントゲン、心電図など流れるように担当課を練り歩き、昼過ぎには全ての検査数値や画像を基に診断を受けました。本当に要領の良い運営をされていて感心しました。

 診断結果を聞くと、やっぱり脳の問題でした。

 今年の7月末に自宅で転倒をしたのですが、その際に脳の微細な血管が破れたようで、微小な出血が脳内に溜まって脳を圧迫し続けた結果、右半身に色々な障害を引き起こしていたとの事。その場で手術を薦められたので即決。夕方には脳に溜まった血を抜く手術まで一気に済ませました。

 私の家族や妹の家族にも診断結果をオンタイムでラインや電話で知らせていたのですが、結果的に夕方には家族中の皆がゾロゾロと病院に集まって来て、談話室で手術が終わるのを待ちました。

 脳の手術ですから多少の緊張感がありましたが、朝からの手際の良い病院側の検査や診断の様子を見て感じた信頼感の方が強く、安心して家族みんなで和気藹々の空気感で過ごせました。

 そういう意味でも、ここの病院は患者や患者の家族に対して最高の医療サービスを提供されたのだなあと思い、関心をしています。うちの会計事務所でもかくありたいものだなあという感じです。

 手術自体も順調だったようで、術後に父親も麻酔が残っていたので眠気が強かったようですが、冗談で「お腹が減ったから、ご飯が食べたい。」なんていう台詞が言えるくらいでしたから結果は良好です。

 今晩は集中治療室で様子を見て、明日には一般の病室に移り、数日後には退院という予定をスムーズにこなせそうです。まあ、手術ですから、一定のリスクは常に潜んでいて何が起こるか分かりませんが、今のところはこのままスーッと事が進んでくれと願うばかりです。



 ブログにも書きましたが、昨日買った車椅子は病院内の検査セクションを回る際に大活躍でした。あれが無ければ移動自体がたいへんだったのでしょうが、車椅子の扱いに慣れてくるとスイスイと動き回れました。たった3万円の投資ですが、もう今日一日で元が取れたような気がします。買う時は要るのか要らないのかよく分からず、無駄な買い物になるのも嫌だしなあ...なんて迷いましたが、思い切って買っておいて大助かりです。近年では一番ヒットした買い物になりそう。



 久々に両親に付き添って丸一日をベッタリと過ごしましたが、やっぱり80歳の大台を越えると老いたなあとつくづく思います。

 我が家の面々の雰囲気は何も変わらず、陽気で楽しいものですが、それとの対比で親が着々と老いの階段を登って行く事に一抹の寂しさを覚えます。昔の元気な姿が眼の奥に残っているだけにねえ。

 仕方のない事ではありますが。

 まあ、何事につけても親不孝をしてきた我が身にとっては、丸一日分の親孝行ができた事が、今日の最大の収穫なのかもしれませんね。
 

 


 
 

週末の仕事

 昨夕はTKC近畿大阪会の常務理事会。その後の懇親会と二次会で結構飲んだために、軽い二日酔い状態で起床。爽やかさと程遠い朝でした。



 朝一は梅田の某公益財団法人さんのシステム導入の打ち合わせ。かなり規模の大きな財団ですが、使っておられた会計ソフトが結構特殊なもので、システム移行が大変です。問題点もいろいろと出てきそう。



 12時に事務所に戻ってきて、新たにお客さんになって頂いた一般社団法人の創業資金の調達のために日本政策金融公庫さんの審査を受けました。

 こうやってうちのお客さんが日本政策金融公庫の新規融資を受ける場合には、うちの事務所までわざわざ担当の方が出張して審査をして下さるので、お客さんにとってはアウェイ感が無くて好評です。

 うちの事務所が認定支援機関として創業計画書を理事長と一緒に作らせてもらって、融資申込書に添付するので経営力強化資金枠の借入が起こせるので、借入レートも1%程度低めに設定できてこれまた好評です。

 今回の融資希望金額は10百万円。

 結構、良い感触を得たんですが、結果はどうでしょうか?

 日本政策金融公庫の担当者の方が帰られてからは、理事の方と創業計画をあれこれと相談して作成しました。何事についても、こうやって新しい物を生み出す際の打ち合わせというのは楽しいものです。



 夕方は茨木税務署まで出向いて、一週間前の意見聴取の際に答え切れなかった何点かの質問事項に対する説明書を提出して、内容説明をしました。

 税理士法33条の2に規定する書面添付を税務申告書につけているので、税務署がお客さんの所へ直接的に税務調査をするのではなく、いったん顧問の税理士に対して意見聴取を行い、疑問点が解消して税務調査の必要性が無くなった場合には調査省略が行われるものですから、我々税理士にとってここは頑張りどころ。

 うちの事務所では年間に100件前後のお客さんの税務申告書に書面添付をつけていますので、そもそも税務調査そのものが少ない上に調査省略という事になる事案も多いのですが、やっぱりお客さんも人の子ですから、この調査省略になった時の嬉しそうな顔といったら...。

 いくら真面目に決算申告をしていても、人間の一般的な心理として税務調査を受けるというのは本当に嫌なものです。それが自分の代理として顧問税理士が受け答えするだけで税務調査自体が省略されるのですから、お客さんが喜ばれる気持ちはよく理解ができます。我々税理士もそんなお客さんの顔を見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってきて、仕事の充実感をしっかりと感じれる瞬間になります。

 意見聴取が税務調査に移行したから駄目という事はありませんが、やっぱりスッキリと調査省略にならないかなあと密かな期待感を持って意見聴取の第2ラウンドに臨んできました。



 17時半頃に事務所に戻ってきて、昼夜兼用の食事に嫁さんと池田の街へ。

 私の父親がここ最近腰の調子が悪くって半月近く寝込んでいたのですが、かなり痛みがましになってきてとりあえずホッとしているのですが、やっぱり半月も寝込むとすんなりと歩けなくなり、ヨチヨチ歩きの状態になっています。別に病気という訳でもなく、神経系の問題だという事ですから、徐々に具合は良くなると思うのですが...。

 まあ、日にち薬という事で、半月ぐらいはリハビリにかかりそう。

 私達夫婦もゆっくり旅行とか、休養という物を取った事がここしばらく無い(ウルトラマラソンなどで2~3日の旅行は何度かありますが。)ので、これも何かの縁だと思って、私の両親を連れて有馬温泉に半日ほどゆっくりと湯治に行こうという話をしています。

 ただ有馬温泉では車を降りての金泉、銀泉の外湯に向かう際の介助がそこそこ大変なんで車椅子を買いました。

 値段は3万円。

 最初は半月位のレンタルでいいやと思っていましたが、店頭で車椅子を見ると6万円の上代の物が出血大サービスという事になっていたので、急遽購入する事になりました。

 今まで我が家に全く縁が無かった物ですが、遅かれ早かれですが、私の両親もこういった介助用品のお世話にならないといけなくなってきたようです。



 19時前に事務所に戻ってきて、ようやくデスクワーク開始。

 一日中、あっちこっちを飛び歩いていたので一向に宿題に手が付けられませんでしたが、ようやく宿題の片付けができるような状況になりました。今日は遅くまでの残業になりそうです。
 

 

 

障碍者雇用

 今朝、うちの事務所の応接室で障碍者の方の雇用に向けてインターンシップ受け入れの話を伺いました。

 障碍者と言ってもいろいろなタイプがあって、今回のケースはAD/HDやアスペルガーと言われる症状の方の受け入れです。

 うちの事務所でも今までにいろいろなスタッフを雇ってきたので、この人はひょっとしてそういったタイプじゃないかなと思って書籍等で勉強をしたことが何度かあったので、それなりに自己流ですが理解はしているつもりです。ただ従前のケースと今回のケースの違いは本人さんがはっきりと自分はある種の発達障害であるという自覚があって、それを克服していきたいという自覚を持っておられるか否かという事です。

 なかなか自分自身で発達障害の自覚が無いと、職場の周りのスタッフといろいろな摩擦を起こしますし、注意をしてもなかなか注意した内容に向き合ってもらえないという入り口段階の難しさがありますが、本人自身がしっかりと症状を自覚していると入口段階のハードルはある程度は低くなるのかなと思います。

 とは言っても、うちの事務所としても初めての経験です。個々のケースでどのように対応していけばいいのかよく分からないというのが正直な感想ですし、発達障害と一口に言っても、その人、その人で症状は全く違う為にどのような仕事を切り出してその人に受け持ってもらえれば良いのか迷うところです。

 とりあえず数日間という短い期間のインターンシップですが、事務所として全力で取り組んでみたいと思います。



 そもそもうちの事務所は会計帳簿の代理作成などの作業主体ではなく、コンサルティング部分を主体とした会計事務所ですから、そういった雇用が可能なのか?という疑問もありますが、なにはともあれ一度トライをしてみなければ良く分からないというのが正直な感想です。

 発達障害の人はどちらかというとパターン化、マニュアル化が徹底された業務と親和性が高いような説明でしたが、そういった類の仕事がいかほどうちの事務所内であるのかといった仕事の棚卸しが必要だと思っています。



 会計事務所として世の中に貢献していく事。これは何を差し置いても自分の目の前のお客さんに対して全力でサービスを提供していく事である。これは疑いの無い事実であります。

 この一事を徹底的に追求していく事も素晴らしい事だと思います。

 けれども、いろいろと勉強してみると、現在、全人口のうちの発達障害のある人の割合は3%と言われており、全人口のうちで高等教育機関への進学率は36%。その高等教育機関の中で何らかの発達障害のある人の割合は1.08%ほどおられるらしいので、かなりの人数の方がこの発達障害であり、雇用の機会が無い状態にあるという事が分かりました。

 まあ、この種の発達障害という特性も強弱の問題があって、たまたま程度が重くて社会への順応が上手くいかないケースが問題になっているだけであって、私自身だってよく自分自身を観察してみると、そんな要素をいくらも持っているけれども、たまたま社会にそこそこ順応できたというラッキーなケースじゃないかと思えたりもします。

 思い返してみると、小学校の頃に親が学校に何度か呼び出されていました(その度に親が悲しい目をして私を見ていました。子供心に申し訳ないなあと思っていましたが、やっぱり何らかの事件が起こってしまう自分自身にウンザリしていました。)し、先生にも集団生活上の注意を何度も受けていた記憶があります。たまたま人付き合いが好きで(というか単なる能天気なお人好しなんですが。)、友達に恵まれて集団生活の中で辛うじて踏み止まっていただけなのかなと思っているので、程度の差こそあるのでしょうが、自分自身も診察を受けると軽度の発達障害という事になるかもしれないなあと思っています。

 自分自身についてそう思っているぐらいですから、程度の差を考慮に入れなければ発達障害というのは実はかなり身近に存在する症例なんで、うちの事務所でもささやかながらに何らかの対応をしていかんとあかんのかもしれないなあと思い至った次第です。そう簡単な事でも無いとは思いますが...。

 うちの事務所のような小さな規模でも10名前後のスタッフがいますので、探してみるとそれなりに発達障害の人でも取り組める業務を切り出すことができるのではないかとも思いますので、ささやかではありますがトライしてみようと思案中です。

 まあ、上手くいくのか、駄目なのか? 

 とにかく現実の世界を一度でも経験してみないと、軽々に結論付けをするべきでもないと思います。この半年くらいの期間を使って事務所なりの結論を掴んでみたいと思っているところです。 
 

ウィークデイ初日

 3連休明けは事務所でデスクワーク。

 連休中に日報やお客さんへの各種の連絡事項は終わらせていたんですが。積み上がっている宿題の片付けをしたいのですが、その前にいろいろと細々とした雑用の山に阻まれて宿題の山に辿り着けず...。



 朝一で机周りのいらない書類の廃棄を行い、まずはスッキリ。

 事務所の倉庫に山積みになっていたお客さんの資料を収納したボックスファイルを、新たに借りた外部倉庫へ移動させて並び替え。さらに期限的に不要となった資料のシュレッダー処理を新人に交じって汗をかきながらこなし、リクルート関連のメールを時間をかけて一生懸命に作成し...。

 結局、14時半頃に遅い昼食を近所のネパール料理店で済ませました。数ヶ月前に経営が変わったようで、ネパール人の新しいオーナーがいろいろと話しかけてきたのでちょっと話し込んだりして...。

 ちょっとだけ昼寝をしてスタッフとお客さんの個別事案の打ち合わせを済ませて、ふっと時計を見るともう夕方。

 いよいよ、これから宿題の山崩しに入れますが、今日はどこまでやれるのでしょうか。昨日までのリフレッシュ(あんまりリフレッシュになってなかったけれども。特に2日前の瀬田へのランニングのダメージが結構残っていて辛い。)があるから、今晩はそこそこ粘れるはずなんだけど。

金木犀の匂いを嗅ぎながら

 昨日、瀬田までランニングをしている最中に、生垣や庭木の中から金木犀の何とも言えないいい香りがプーンと漂っていました。走り続けて集中力が散漫になってきた時でも、この匂いを嗅ぐとちょっとした活が入るような気がします。

 この匂いを嗅ぐと、いよいよ秋真っ盛りだなあと思います。



 我が家にもちょっと大きめの庭木と生垣に金木犀があって、まさに今が盛り。

 本当にいい匂いです。

 仕事に行く前に、ちょっと樹の前に立ち止まってみたりするんですが、その度に「これって本当に贅沢な事だなあ。」と思って、独りで悦に入っています。

 まあ、金木犀の香りのピークはそんなに長くは続きませんから、せいぜい今週くらいはそんな贅沢にドップリと浸かっていたいと思います。



 最近、この金木犀の香りについてちょっと不思議だなあと思う事があります。

 我が家の「ケン」なんですが、普段はあれだけ匂いに敏感なのですが、まるで金木犀のこの香りには無頓着です。まあ無頓着に見えるだけなのかもしれませんが。

 まあ犬が感じる良い匂いと人が感じるそれは違うのだと言ってしまえばそれまでなんですが、いつも散歩をしていて「お前にはこの匂いが分からんかなあ? まだまだ青い奴やなあ。」と思っています。

 「ケン」にとっての良い匂いは、自分や飼い主の体臭が一番いい匂いとして認識されているような気がしますが、実際にはどうなんでしょうか?

連休最終日はお客さんのお見舞い

 昨日の瀬田までのランニングで体中がゴリゴリ。

 珍しく8時頃に起床して、ゆっくりと朝食。「ケン」と遊ぶも体の節々が痛む。

 10時頃から家の掃除。今、流行りのロボット掃除機ならぬロボットの様な動き方(ゴキゴキゴキって感じ。)で掃除をする人間主導の掃除機で掃除。ちょっと辛かったけれども、やればやったでその分だけ綺麗になる家。

 ちょっと満足。



 昼過ぎからお客さんのお見舞いへ行きました。

 担当スタッフから先週半ば頃に社長が倒れられたと報告を受けて、気が気ではなく...。開業以来のお客さんですから、早くも19年のお付き合いになります。ここ5~6年ほど直接にお伺いする事が無くなって、スタッフからの日報や質疑応答の中で会社の様子を把握していたのですが、何か事があるとやっぱり居ても立ってもおられずに...。

 やっぱりうちのお客さんでいてくれてはる会社さんは、うちの事務所にしたらどなたさんも宝物。経済的な意味もありますが、やっぱりお客さんが有って初めて日々の仕事をありがたくさせてもらえているので感謝です。決して社交辞令じゃあありません。

 ウィークデイはビッシリと予定が詰まっているので、こういう休日を積極的に利用してお見舞いに行けてラッキーでした。

 場所は兵庫県たつの市。兵庫県の西の端の方ですから、高速道路を利用してちょっと飛ばし気味に走っても1時間ちょっとはかかります。まあ、混雑無くスイスイと高速道路を走っているうちはいいのですが、帰路に連休最終日の帰省ラッシュと中国道の宝塚トンネル周辺の事故が重なって往路の倍近い2時間近くの時間がかかり、さすがにちょっとしんどかったです。

 病室に社長さんを見舞うと、幸いにもかなり元気も回復されてきたようで、ちょっとホッとしました。やっぱり電話や人の話を通して情報収集をするというよりも、直接お目にかかるという事が何よりですね。

 積もる話もいろいろと有って話は尽きませんでしたが、まだ病状は回復途上ですから療養が最優先という事で30分弱で病室から出て来ましたが、とりあえず今できる事を精一杯にやらせてもらえて良かったです。

 帰りに会社に立ち寄って、留守を守る息子さんとこれまた30分程の時間を使って前後策について話をしました。お客さんが来られた頃合いに中座をして帰ってきましたが、とりあえず心配事が起こった段階では私たち顧問はとにかく顔を見せて、何があってもできる支援は精一杯するからねという意思表明をして、とにかくちょっとでも安心をしてもらう事が大切だと思います。

 今はとにかくお医者さんの指示に従って病状回復に努めてもらうしか手がありません。また1ヶ月ほどして元気が回復してきた段階で、社長さんや息子さんと角突き合せて今後の事を考えましょうとお約束をして帰ってきました。



 開業当初はこんな事を思いもしませんでしたが、開業をして19年も経つと亡くなられる方もおられますし、次の世代にバトンタッチをされる方も出て来ます。何より19年前と比べてお互いに等しく年齢を重ねていますから、お互いに当時の状況から大きな変化がある方が普通です。

 これは月日を重ねないと実感できない感覚ですね。

 開業当初は私たちの仕事は会計や税務の支援をする事が我々の仕事なんだと思っていましたが、今となっては会計や税務の切り口で会社やお客さん自身の人生の支援をする事が我々の仕事なんだと思うようになりました(ちょっと大袈裟ですが。)。

 言うなれば定義すべき仕事の範囲が広がった訳です。 

 もちろん私は神さんではありませんから、失敗が有ったり、思うような成果が得られない事もたびたび有るでしょうし、私たち自身が持つ能力の限界が大きな制約線となって目の前に立ちはだかりますが、それでもめげずに粛々と自分の仕事に立ち向かって行けることが幸せなんだなあと思えている今の気持ちにも感謝です。



 池田に戻ってくると既に夕方。

 昨日の瀬田へのランニングの疲れも溜まっており、このまま事務所に出て仕事をする気力も失せてしまったので、とりあえず自宅に戻ってダイニングテーブル上でできる範囲の仕事を消化することにしました。

 横で「ケン」がしつこく散歩に連れて行けというサインを送ってきているので、ちょっと仕事を中断して今から散歩に出る事にします。

次女に会いに瀬田にランニングで

 3連休の中日。

 フィリピン出張も予約が上手く入っておらず中止になり、明日香でYさん主催のピザ窯を中心にした豪華な献立メニューを楽しむ畑フェスのお誘いなんかもあった(年二回開催ですが、かなり楽しみにしています。)のですが、最近嫁さんが次女が就職についてあれこれと考えあぐねているような事を言うので、久々に瀬田までの58kmランニングを復活させて話をしに行きました。

 2年前から結構頻繁に自宅から瀬田までの凡そ60km前後の距離走をしていたのですが、昨年の11月ぐらいから仕事が俄かに忙しくなってしまって中断していました。

 まだ村岡ウルトラマラソンの疲労感や脚のダメージが抜け切っていませんが、まあ騙し騙し走れば何とかなるだろう...って感じです。



 6時半前に自宅を出発。家の外に出ると、雨が降りやんだ直後らしくって、一瞬「今日は止めとこうかな。」という思いも湧きましたが、何とか踏み止まって折り畳み傘を背中のザックに忍ばせて走り出しました。

 出だしの1㎞ほどは調子が悪く、8分/kmほど。体が固まっていて全く走れませんが、2kmほど辛抱して走っているとようやく筋肉や関節もほぐれてきたようで6分ちょっと/km程度までペースアップ。

 今日は冒頭に書いたように調子が今一なので、これ以上にペースを上げる事はせずにひたすら旧西国街道を東進しました。

 古の人々が闊歩した旧街道は車が離合するのも難しいくらいの道幅がずっと直線状に続くので、車があまり通らず走るにはいい環境です。

 自宅を出て10km弱経過した郡山宿(茨木市)を過ぎた頃には完全にゾーンに入り、頭の中は完全に無。これが気持ち良い。

 ボーッとした頭で走り続けてJR島本駅のコンビニで朝食を買う。

 楠木正成、正行父子訣別の場所、桜井の駅址でしばし休憩。小学校4年くらいから本か何かで楠木正成を知り、それ以来私にとってはずっと気になる人です。

 走り始めは、疲れで固まった筋肉がギシギシと動き出す感じでちょっと苦痛を感じます。

 山崎から西国街道を外れて淀城に出て、後は宇治川沿いに伏見を経由して六地蔵、醍醐を通って山科へ入ります。伏見を過ぎた辺りから断続的に歩きが入ります。走っている間はGPSで走るスピードを計測しているのですが、42.195kmの区間は6分28秒/kmで走り続けていました。まずまず、体調の悪い中、軽い荷物を背負いながらという条件の中では頑張った方です。

 山科からは逢坂関で有名な標高200mちょっとの大関超え。最後の50mほどは歩いてしまいますが、まずまず走り続けで頑張りました。

 大津に入ってからは大津祭をやっていて歩道に人が溢れていたので、曳山巡航を横目に走り辛いのと、脚がもういっぱいいっぱいなので歩き。

 大津と膳所の中間地点くらいから再び走り続けて、草津のAEONまで58kmを8時間くらいで完走しました。

 全区間の内のおおよそ50kmはランニングをして、8kmほどは歩いたような塩梅です。ランニング区間は5分32秒/kmペースですから上出来のペースです。



 そのままスーパー銭湯で汗を落して、15時半頃に次女と合流。そのままなんか映画を観ようと思ったのですが、上映開始に時間が上手く合わず1時間ほど時間待ちでコメダコーヒーであれこれと学校生活や就職の話を聴きました。まずまず楽しそうに前向きに動いているようなので、たいして心配するような事も無いなあという感想です。

 まあ、就職ってのは誰もが不安なものです。学生で働いたことが無いのに自分の働く職場を選ぶってのは、もともと判断する資質に欠ける状況に置かれて意思決定を迫られるようなもんですから、不安に思う方が当たり前。親としてはあれこれ言わずに、話を聴いてやる事しかできないなあと思います。

 17時前から映画。あまり見たい映画でもなかったのですが上映時間の都合でファンタスティック・フォーという映画を観ましたが、事前の予想に違わず今一歩。アメリカンコミックものの映画版ですが、筋立ても荒っぽくって...。もうちょっと筋立てや構成を考えないとなあ。
アメリカ人は本当にあんな映画が面白いのだろうか?なんていう疑問が湧きます。



 映画の終わりと合わせて、嫁さんが車で迎えに来てくれたので、そのまま3人で瀬田駅横のレストランで夕食。

 次女の友達がアルバイトをやっていました。学生なりにいっちょまえに働いてはって、次女のドリンクを一杯おまけで貰ってました。何だか大人な感じです。

 あれこれ3人で喋って、ひと段落した頃に家に帰りました。当初の予定になかったのですが、次女も連れて3人で...。



 まずまずしんどいような、楽しいような家族の一日になりました。 

 



 

3連休初日 ランニング

 3連休初日。ゆっくりと7時に起床をして、ダラダラと過ごす。

 まだまだ村岡ウルトラマラソンのダメージが抜け切らず。昨日のゴルフ疲れも何となく残ってドヨ~ンとしたスタートとなった。

 こういう何をするでもない手持無沙汰な時の遊び相手は何をおいても「ケン」。小一時間ほどウダウダと遊んですごす。遅い朝食を摂って、10時ぐらいからランニングに出る。村岡からこっちで初めてのランニングとなる。

 走り始めはとにかく脚が動かず8分/kmととんでもなく遅いペース。これはえらいこっちゃなあと思いながら2kmほど走るとさすがに体が徐々にほぐれてきて7分/km前後までペースが上がり、5kmを過ぎた辺りからようやく6分/km程度のペースまで戻り、ホッと一安心をする。

 6分/kmと言っても特に速いペースでも何でもないんですが、とりあえず並みのペースで走れることが確認できただけでも今日の収穫です。

 今日は箕面周回特大コース 12kmを走ったのだけれども、ちっともテンションが上がらず、何だか落ちてしまった自分の状態を怖いもの見たさで眺めつつ走ったという感じ。

 とりあえず今日からトレーニングは再開することとする。

ゴルフコンペ 辛い...

 昨日は太平洋クラブ六甲コースでTKC近畿大阪会の秋期大学ゴルフコンペがありました。

 コースは良く手入れが行き届いていて、気持ちの良いコースでしたが、スコアはいつもの通りボロボロになりました。

 インスタートだったのですが、スタートホールでおもむろに10を叩きました。あっと言う間の出来事です。ただこの後の粘りが素晴らしくって、自分なりには頑張った感満載で51でホールアウトです。

 ミスショットの数が少なくって、ここ最近にはあまり無い感じでコースを回っていました。

 自分にとっては上出来です。この分じゃあ100前後の良いスコアにまとまるのかななんて楽観的な想いもチラホラ。

 ただ、調子に乗って飲んだビールが悪かったのか、昼一のスタートホールで再び10を叩いてからペースが乱れてしまい60を記録。やっぱり自分のゴルフってこんなものです。まあ練習場にも行かずぶっつけ本番で行っている自分が悪いのですが...。

 結局、トータル111で全く不出来の一日になりました。残念。

 ゴルフだけは、本当に毎度毎度の惨敗続きで、自分にとっては本当につくづく辛いスポーツです。


 

新人歓迎会

 昨夜は事務所の新人歓迎会。今回は提携業者の方は一切お呼びせず、事務所内だけの懇親会としました。

 小さなうちの事務所にも3名の新人が入ってきました。40歳代のオッチャン一人と大学卒業後数年のフレッシュマンが二人。

 いずれにしても新しい血が入るのは新鮮な事。まだまだ所内では仕事の様子が分からずオズオズとした感じで仕事に取り組んでいますが、事務所に今までと違った新しい風が入った事だけは事実です。



 石橋の御屋敷を買い取って経営をしているがんごの座敷を借り切ったのですが、さすがに昭和前期に贅の限りを尽くして建てた建築物だけあって豪華で、非常に雰囲気の良い店でした。

 話が弾んで4時間もワイワイ。時間の経過を忘れる楽しいひと時でした。



 1次会が終わって私以外のオールメンバーは2次会へ。

 私は、飲み疲れからその場を離脱して、石橋から自宅まで歩いて帰りましたが遠いのなんの。千鳥足で歩くもんだから一向に家に近づかず。

 ようやく家に帰り、定番の「ケン」の散歩を済ませると日付が変わるちょっと前になっていました。
プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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