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先週の出来事

 先週の木曜日、親戚の伯母さんのお通夜に行ってきました。

 父方の本家の伯母さんで、私たち夫婦の仲人をやってもらいました。年齢的には大往生ですから、嘆き悲しむという雰囲気とはちょっと違うのですが、やはり見知った人が亡くなる事は寂しい話です。

 父親は8人兄弟の末っ子ということで父方だけでも伯父さんや叔母さんが元々14名、従兄弟が合計で24名ですから物凄い数なのですが、末っ子の息子の私が今や53歳になるのですから、伯父さんや伯母さんも櫛の歯が欠け落ちて存命の方が少数派になってしまっていて何だか寂しい感じです。

 従兄弟も今では還暦を越えた人の方が圧倒的に多数派。

 私が小学生の頃は、お盆休みなんかに本家に帰ると伯父さんや伯母さんや従兄弟がゾロゾロ、ゴロゴロと居て、小さかった私にとっては一体誰が誰なのか分からない人も大勢いて、とても賑やかだった思い出がありますからそういった心象風景ももはや昔日の感があります。

 時が経つという重みをひしひしと感じざるを得ない瞬間でした。



 私は父親が大阪の池田に出てきてから生まれた息子ですから言わば都会の人間です。父親の本家のある丹波の田舎はたまに帰る場所で詳しく知る由もありませんし、田舎で暮らしていくという術も知らないのですが、こうして本家に戻ってくると不思議な従属感があります。何だか自分のオリジンはここにあって、この一族の一員なんだなあ...っていう感覚です。

 昔から父親は自分の実家や一族を語る時に少しだけ誇らしそうな口調で喋るのが常でしたが、そんな感覚が分かる、分かると思える瞬間です。



 確か私が幼稚園に行く前ですから4歳前後だったと思いますが、本家の伯父さんが池田の我が家を訪ねてきた帰り際に「浩、太田に一緒に帰るか?」と声を掛けられて、気楽に「うん。」と返事をしてたった一人で本家に連れられた事があります。

 結局、伯父さんや先週亡くなった叔母さん、さらには従兄弟に面倒を色々と見てもらって1週間ほど機嫌良く本家で過ごしたのが強烈な思い出として残っています。楽しかったなあ。1週間後に父親が迎えに来た時も伯父さんに「このままこっちの子供になれよ。」と言われて半ば本気で「うん。」と言っていた記憶がありますから、心の底から楽しかったのでしょう。

 後にも先にもそんな長期間に渡って本家に寝泊まりすることは無いのですが、幼児記憶というのは強烈なものでその時の楽しかった印象が53歳の今でも何となく続いているのですから凄い話です。



 ちなみに私が生まれた時には既に父方のお祖父さんは亡くなっていましたので、私自身は顔を合わせたことが無いのですが、あろうことかこの本家の伯父さんが自分のお祖父さんだと勘違い(父親とこの伯父さんは22歳の年齢差がありますから用事が勘違いをしても仕方が無いかもしれません。)をしていました。



 そんなこんな色々を思い出しながらお通夜の時間を過ごしていました。

 残念ながら翌日の葬儀は仕事の都合で参列できず両親だけが出席という事になってしまいましたが、己の仕事時間の融通のつけにくさを少しばかり恨む瞬間でありました。
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プロフィール

野垣 浩

Author:野垣 浩
 
 大阪府池田市で公認会計士・税理士事務所 を経営。税務や会計の切り口から中小零細企業の良きビジネスドクターたらんと頑張っています。

 28歳までスキーの世界で飯を食べていましたが、それから一転して公認会計士を目指し、36歳で独立して公認会計士・税理士の事務所を経営するようになりました。この世界では変わり種です。

 さすがにもうアメリカンットボールの試合に出場(高校時代は大阪代表になっていました。)することは無くなりましたが、週末には長距離ランイングやロードレーサーで周囲を走り回り、ロードレーサーやトライアスロン、フルマラソンの大会に出場しては惨敗を繰り返している元気な53歳です。

 守秘義務の関係で業務上の詳細は書けませんが、日常業務の折々の雑感やプライベートの出来事を書いていこうと思っています。

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